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2007.11.24

新たな目

普段見慣れたものも、「新たな目」で見れば、新鮮でその美しさに目を見張るといった内容の詩を読んだことがある。読んだのは小さい時だったので、詩については大方忘れたが、この真理の部分は覚えている。
そして近年、この「新たな目」の重要性に気付いた。

コリン・ウィルソンの「右脳の冒険」(平河出版社)という本がある。1984年の出版ながら、いまだAmazonで即納だ。副題が「内宇宙への旅」となっているが、原題が「Access to Inner World」であるから、こちらが正しいタイトルだし、日本語タイトルも「内宇宙への旅」で良かったような気もする。この書籍が発売された当時、おそらく右脳ブームででもあったのであろう。
ウィルソンは、講師として招待されたフィンランドで、ブラッドという名の一種の賢者と言えるアメリカ人に会う。
深い英知に満ちた詩を書き、単純なパネルを組み合わせて優れた芸術作品を作るブラッドは、もともとは普通の人であった。
ウィルソンは、ブラッドがこのようになったきっかけは、彼の妻の看病であったと分析している。彼の妻は、様々な不幸が重なったせいで、精神分裂症の症状を示し、自我を喪失することが多かった。しかし、時折、妻は正常な精神状態を取り戻すため、ブラッドは長時間、妻の様子に注意していたという。
他の書籍にも見られるウィルソンの精神覚醒の原理は、長時間の緊張を強いられた精神が不意に解放された時に起こるとしている。妻の様子を緊張して長時間観察していたブラッドが、妻のつかの間の回復で緊張から解放されたことが、彼の精神の覚醒に繋がったというわけである。
しかし、ウィルソンのこの考え方を私は最近、やや違うのではないかと思うようになった。
人間が精神を高度に覚醒させる方法は、意識の空白を失くすことであり、そのためには「常に意識的であること」「常に気付きの状態であること」が必要なのだ。
ブラッドは、妻の様子を常に意識的に観察していたので、意識の空白部分が少なくなったのである。

さて、最初の「新たな目」に戻る。
「新たな目」とは、「意識的である」状態であり、「注意深く気付いている」状態である。
いつも見ている自分の部屋の壁も、意識的に注意深く見てみると、実に美しいのである。
そして、普段、そのように意識的であることで、深く強力な精神を覚醒させることができるのである。

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