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2007.11.27

ブレイクスルー

何かで進歩・上達のために努力している時、毎日順調に進歩するということはあまりない。
ほとんど、あるいは全く向上しないという期間が続いてもたゆまず努力した後、まるで花が一夜で開くように急激に進歩するものである。
これは一人の個人に限らず、人類全体でもそのようであると感じる。
数学上、革命的な理論を考案したヤノーシュ・ボヤイに、同じ研究で一生を棒に振ったような父ウォルフガングがこう言った。
(研究は、2千年以上誰にもできなかったユークリッドの平行線の公理の証明。ヤノーシュは逆に公理を否定する理論を作った)
「早く発表するのだ。偉大な発明・発見とは、春につぼみが一斉に開花するごとく、あちこちで同時に起こるのだから」
数学で言うなら、微積分法はニュートンの発明とされるが、ライプニッツもほぼ同時で、今日使われている微積分記号もライプニッツのものが基になっている。
また、ニュートンといえば、なんといっても万有引力の法則(重力の逆二乗則)が有名であるが、これもフックの法則で知られるフックが先に発見していたらしい。ニュートンはライプニッツやフックと争い、結局は勝っているが、必ずしも正当かどうかは疑問かもしれない。
相対性原理の発見者がアインシュタインだというのは正しいようであるが、後一歩まで来ていた学者というのはやはりいたようだ。
電話機の発明者としてベルは歴史に名を残したが、これもほぼ同時期に電話機を発明した者が他にいたようである。
芸術でいえば、キュービズムはピカソの代名詞のようであるが、ブラックもほぼ同時に完成させていた。

科学上の発明・発見も、ある時不意にアイディアが閃いて完成に漕ぎつける場合が多いようである。
ケクレや湯川秀樹は、夢をヒントにベンゼン環や中間子理論を発見したのであるが、言うまでもなくタナボタというわけではない。
湯川秀樹は、科学上の発明発見は「天の羽衣が来て撫でる」がごとく稀な出来事であると言い、いかに努力したとて成果に必ずしも結びつかないとしたが、天の羽衣が撫でるのも普段の努力あってのことであるのは間違いがない。
このことは、今日では「セレンディピティ」という言葉で表現することがある。セレンディピティの意味はいろいろに言われるが、最も簡単には「偶然に幸運を呼ぶ力」とでもいって良いと思う。しかし、偶然を呼ぶにも努力が必要である。その努力の成果はなかなか出ないし、場合によっては最後まで出ないかもしれない。しかし、それはゼロではない。まるで雪のように積もっているのである・・・というのは、コゲどんぼさんの漫画「ぴたテン」で、私の大好きな紫亜ちゃんの言葉である(笑)。

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Comments

私とkayさんの出会いもセレンディピティに依るものだったのかなぁ!?

今夜のセミナーにWで・・・

Posted by: ヒデピョ~ン。。 | 2007.11.28 at 12:40 AM

腐れ縁・・・もとい!人類を変革する出会いっス(?)

Posted by: Kay | 2007.11.28 at 09:50 PM

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