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2007.11.22

死を明確に知る

私が8つか9つの子供の頃、死というものを定義しようとして思いついたのは「夢のない眠り」であった。
なるほど、身体はあっても活動も知覚もしないし、脳は思考しない。
もっとも、休み無く働き続けている内臓や神経組織などに対しては随分失礼であると言えるかもしれない。だが、意識というものを主眼として考えた場合は、あながち悪い結論ではなかったと思う。パスカルだって、「人間は考える葦である」と、思考体であることが人の人たるゆえんであると言ったのだからね。

しかし、通常の(目覚めて活動している)状態が、夢のない眠りに比べ、どれほど異なっているのであろうか?
夢のない眠りが意識の空白であると言っても、目が覚めていたところで、実際は意識は空白だらけであると言えないだろうか?
10年前のことや昨年、あるいは、先月のことどころか、ほんの数分前のことでも憶えていないことはよくあるのではないだろうか?数日前であれば、その大半を憶えていないはずだ。
なぜ思い出せないかというと、忘れたというよりは、その時にやはり意識が不在(あるいは希薄)であったからだ。

そして、現在の日本では、人々の意識の空白はますます多くなってきている。ほとんど1日中、空白の意識に近い状態で過ごしている人が多いかもしれない。
もちろん、これは学校教育の影響が大きい。学校は、しっかり目覚めた意識を持っていては辛い場所なのだ。

逆に、日常において、油断なく意識を保持していれば、夢のない眠りの状態すら記憶しておける。それができるようになれば、死というものも知ることができるであろう。
目覚めている時から、自分の思考、感情、言動、出来事に油断なく気付いていることだ。そうすれば、本当は自分はこれら全てを超えていることを知るだろう。
ただ、そうすれば、特に最初は学校生活などが少々苦しいのは気の毒に思う。しかし、常に意識が目覚めていれば、やがてそれらに打ち勝つこともできるであろう。

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Comments

ネイチャーボーイ殿ほんとしぶといですね
何でぇ~と思いますが・・
批判してしまった^^;

私は、kayさんを応援してますし1位だと思ってますよ!
一つランキング近くになりました
ホッホォ~(^^)V

今夜のセミナーにWでポイッと・・・

Posted by: | 2007.11.23 at 12:27 AM

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