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2007.11.03

私が死んでいると言える訳

変なことを書くので(いつもだが)、変に読んで欲しい(どんな読み方だ)。
神様が特に好む人とは(神様に嫌いな人がいるとは思えないが)、馬鹿が付くくらい正直な人であることは間違いないと思う。もちろん、いつもそうしろという意味でもない。マザー・テレサすら、慈善活動にも世間的駆け引きが必要と思い知った時には、嘘はいけないが正直一辺倒でもいけないと悟ったものであるらしい。
有名な宗教家の五井昌久さんという教祖様がいたが、彼が子供の頃は戦争中で、貧しい子供も多かった。ある時、学校で、衣服の支給があり、「今着ている服以外にない者は手を上げるよう」教師が言ったのであるが、五井さんは、もう1着あったことを思い出し、手を上げなかった。しかし、裕福な家の子でも手を上げていたらしい。家でそのことを言うと、兄弟はみんな服を貰って帰ったのに、お前は馬鹿だと言われたようだ。別に私は宗教好きでもないが、五井さんのこのお話は印象に残った。
ところで、五井さんは修行時代、車の交通量の多い道路を、目を閉じて渡るよう神様に命じられたことがあったと言う。恐かったが、神様の指示通りにしようとすると、神様が「馬鹿野郎!目を閉じて道路を渡るやつがあるか」と言われたとある。何か、先のマザー・テレサの話を思い出す。いくら宗教家でも、世間の常識は必要らしい。良いことだ。
尚、私は小学2年の時、やはり神様(?)に言われ、交通量の多い車道に左右を一切見ずに飛び込んだことがある。それも度々(笑)。奇跡的に怪我1つしなかったが、今思い出すと、なかなかぞっとする(笑)。そういえば、かのイエス様も「汝の神を試すなかれ」と言っておられたようだ。量子力学の多世界解釈によると、私はその時実際に死んでいたと言えるかもしれないが、それはそれで良いであろう。実際、私は世間的には死んでいると感じる。死人が書くブログというのも、なかなか珍しいはずだ(笑)。

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