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2007.10.16

30年前の男になった現在の女性

昔の日本であれば、男にこう言わなければならない風潮があった。
「女とは、あなたの人生を彩る花でもなければ、心の支えでもない。一個の独立した人格である」
と。
いわゆる、男の子が母親に甘やかされたゆえの自己中心主義があまりに顕著になった頃だ。
だが、今は、同じことを女の方に言わなければならない時代になったようだ。
「男はあなたのためにいるわけではないのだ」
と。
ただ、男の方は、自己中心主義だと、そもそもモテないので救いはあった。しかし、女の場合は、若くさえあれば男を引き寄せる可能性が大きい。だが、その扱いは本質的にモノ扱いであり、しかも年と共に扱いは悪くなることは確実である。確実であるのだが、本人はそれが納得できない。そうなると、エステや化粧品業者のお得意様である。これらの業界のターゲットは何と言っても40~50過ぎの内面的魅力のない女性である。テレビで、若い女性になりきった気味の悪いオバさんが出る、化粧品やカツラのCMを見たことのある方は多いと思う。年齢の高い女性にももちろん魅力はある。しかし、それは当然、性的魅力とは全く別のものである。

さて、それなりの容姿を持っていれば、黙っていても関心を引くのが若い女性であるが、あくまでモノとしてであり、年齢と共にその価値は極端に低下する。
対して、男は、女性を一個の人格として認めることさえできれば、嫌でもモテるのである。これは保証できる。しかも、その力は年齢と共に増加し、老年になってすら衰えることはない。男はいかにもお得ではあるのだが、他人の人格を認めることは実は難しい。それには、己が虚しくある必要があるのだ。己が完全に虚しければ、男にも女にも猛烈にモテる。
「己が虚しい」とは、自我が無いことである。
もっとも、今は、どう考えても、その人格を認めることのできない女性が多くなってきた。いや、男もさしたる差はないかもしれない。
だが、その腐りきった人格の奥には宝石に優る輝きがある。それを見ることのできるものは万物に愛されることとなる。だが、それには心が完全に静まる必要がある。

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