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2007.09.28

「天空の城ラピュタ」のエロチックさ

宮崎駿は、何か事情があるらしいが、「天空の城ラピュタ」以降、美少女キャラを登場させず、そのせいか、ストーリーが高度になり、ある面、評価を上げたと思うが、「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」とそのヒロインであるナウシカ、シータの人気は衰えることはない。
そこで「天空の城ラピュタ」であるが、このヒロインであるシータほどエロチシズムを感じさせるヒロインはいないと思う。それはまず、初っ端のシーンから言える。
飛行艇から落ちて行くシータ。気を失い、真っ逆さまに高速落下する。あの姿の美しさは比類がない。既に死んだも同然であるが、恐怖が去った表情は繊細で儚さに満ちている。深い夜空のみが少女を包むという神々しさ。見ている者の一方的な愛情を受け、自らは何の反応もしない。そこに、人々は自己愛に基づく、究極のエロチシズムを感じるのだ。彼女と一緒に落ちるならそれでも良いと思わずにはいられないはずだ。

その後も、確信犯的なエロスをシータにまとわせている。
シータとパズーの年齢は明示されないが、シータは12~13歳、パズーはその1つ位上としてさほどの不都合はあるまい。
空から降ってきたシータをパズーは1人で住んでいる家に「持ち帰る」。シータは気を失ったままだ。なんとも危ない(笑)。もし、その時、親方や誰か大人に、「この子を僕の家に連れて帰る」と言っていれば、容赦なくパンチが飛んできたはずである^^;
シータは翌朝、パズーのベッドで1人で目を覚ます。この後のパズーの様子はちょっと不自然だ。ハイ過ぎるように感じる。何か後ろめたいところでもあるのではないか?^^;
ある程度のこと・・・例えば、キスくらいはしたとしても責められはしないと思う。いや、むしろ、よくそこまでで我慢したと褒めてやりたい位だ(笑)。
その後の、シータに対する献身から言えば、かなりのことまで許せるようにも思う。男として責任は取ったと言えるはずだ(をい)。

シータから見れば立派なおじさんであるドーラの息子達がシータにメロメロなのは確実である。シータが料理を作っている厨房に言い訳をしながら次々と全員がやって来る。彼らは、他の兄弟がいることを不快がるが、もしいなかったら一体何をする気だったのか^^;
実際、誰もいないと思って、シータに後ろから手を伸ばした者もいるのである。
そして、シータはそんなことなど全く意に介さない振る舞いだ。アウト・オブ・眼中といったところである。
そして、空賊であり、勇猛さは持ち合わせていても、彼らは女の子にはからっきしのようである。そして、シータを「子犬のような目」でぼーっと見る。当然、視聴者は彼らに感情移入し、シータへの思いを募らせるわけである。

そして、シータは無理やりムスカの花嫁にさせられる。ムスカは30代の若き大佐と思われるが、もうオッサンと言える雰囲気である。ここでも、シータは両腕を縛られ、危うさを醸し出す。だが、ムスカはそれどころではなかったのかもしれないが、あまりシータに萌えている様子でもなかった。雰囲気としてはかなりのロリコンに見えるのであるが^^;

実際、パズーは1歩間違えれば死・・・という危険をシータのために何度も冒す。これなら、あの最初の日、シータの胸を3秒触ったくらいは不問としたい。
「ロリータ」では、ハンバートはロリータを睡眠薬で眠らせ、靴下だけ残して全部脱がせることを計画していたのに比べれば勲章ものであると言えよう(ハンバートの計画は失敗に終わっている)。
あの物語の後、シータとパズーは早くも同棲に入った可能性は大きい。そして、5年も過ぎる頃は、でっぷり太ったシータは子供をあやしながら家事に励んでいることと思う。人生の目的をすでに達したパズーも同様である。
パズーは、日に日にドーラになっていくシータを見ながら、あの最初の夜、心臓をバクバクいわせながらベッドに横たえたシータのスカートを恐る恐るまくったという、未告白の行為を思い出すのである・・・。

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Comments

kayさんも想像力豊かですね
妄想族って感じです(笑

コメントの疑問
と言う事は、いまのkayさんは、私という事にもなりますね!
実際、私好みの投稿内容に最近変化してきたような・・
(^^)
嬉しい限りです

今夜のセミナーにポイッと

Posted by: ヒデピョ~ン。。 | 2007.09.29 12:46 AM

いえ、ヒデビョ~ンさんという個人であるわけではありません。
私には個人というものは存在していません。
だから、私は全ての人なわけです。
たとえて言えば、沢山の水滴に太陽が映っていますが、太陽は一つであり、太陽が沢山あるわけではないということです。
スケベであってスケベでない、それが私じゃ<んなことないぞ!

Posted by: Kay | 2007.09.29 10:58 AM

Kayさんは人(私?)を煽動なさるのが本当にお上手だとおもいます。ちょっくらのぞきに来たはずが、今日も今日とて書き込む私…。せめて新しい記事へ…

 以前お友達が出版した雑誌の創刊祝いの席で、彼の恩師という先生がいらっしゃったのですが、詩人であり映像作家というその方、齢60歳を超えていそうなのになんとも少年であり、また少女でもあるような雰囲気を放っていました。初対面で一言も会話をすることが無かったのですが、今でも印象は鮮烈です。かわいらしいデザインの使い古されたトートバックを引っ掛けて現れました。
 永遠の美少年とはジルベールでしょうかね。あの痛み。
 少年の持つしなやかな黄金の筋肉で指を切ったら最後…。

 女性のパンティが性器に密着する位置にあることで、パンティそのものが性的な意味を持つようになりましたが、それと同じように、男性もその精神にパンティをもち、“隠していること”に性的な意味を付与し続けたのなら、観念のバギナを持つことができるとおもいます。女性が観念のペニスを持つにはどうすればいいのかはまだ至っていません。やり方はわかりませんが持っている人は少なからずいると思います。バギナを持つ男性は一体確認しました。
 

Posted by: mikemike | 2007.09.29 05:24 PM

★mikemikeさん
ジルベール・コクトーでしたっけ?
今でも十分入手可能ですので、買いましょうかね?(笑)
「アンダルシア恋歌」なら家にあったので、エドアルド・ソルティーなら分かりますが^^;
夢の中で、恐ろしく美しい少女や少年を見ますよ。これも精神変革の秘法かなと思います。中学生の時から、本格的な魔法書を読んでました。最近は、あまり相手をしていないのですが。
それで、天使を創る秘法なんて実験しています。
う~む・・・支離滅裂ですね^^;

Posted by: Kay | 2007.09.29 09:57 PM

 アンダルシア恋歌 は存じていませんでした。“風と木の詩”を薦めてもらった友達が自分とジルベール・コクトーを同一化するくらい熱狂していたので、私は多少覚めた目で作品を読みました。でも、お勧めですよ!
 夢は求めるものに会う時空なのでしょうか?わたしは郷愁に襲われる夢を見ます。目覚めてしばらくはあまりの切なさに何も手に付かないほどです。経緯や興味から言うと私は視覚的なものに重点を置く人間なのですが、郷愁を喚起させるものに帰着するとも思っています。絶世の美紳士・淑女にはお出ましいただいたことがありませんな…。しかし近いうちに出会うかもしれないという予感が湧いてきました。
 魔法というのは、あくまで独立した思想になるのでしょうか?それとも、キリスト教ないしは何かしらの宗教から派生して生まれたものなのでしょうか?
 魔法が使えるということはドラえもんのポケットのように便利なものだと思っていたけれど、魔法が使えるほどの精神を持っているということはそれだけ反作用も生むから、魔法使いはその能力をひけらかすことにならないのだなぁと思っています。芸術以上に魔法は生活なのかもしれないと。Kayさんの天使もひっそりと生まれるのかしらん。
 J・クリシュナムルティの著作に触れる機会に恵まれました。意図せず…というか意図された出会いでした。

Posted by: mikemike | 2007.10.02 02:28 PM

竹宮恵子さんなら、やはりナイルキアか・・・^^;
魔法は宗教の裏側とか、あるいは、真の宗教とか言われます。非常に生活や自然に密着したもので、呪術や密教とも関係が深いですね。それで、西洋の魔法は東洋の人には向かないような部分もあります。
現代的な魔法使いである、W.E.バトラーによると、魔法の定義とは、心に自在に変革を起す技術ですが、それなら確かに魔法に違いありません。

Posted by: Kay | 2007.10.02 09:48 PM

 少なくとも日本人には、キリスト教徒の方ならいざ知らず“クライム アンド ペナルティ”の意識というものは在りませんよね。根本的に違うというか。最近はキリスト教美術より、より土俗的な美術作品に惹かれるようになりました。
 これほどに啓発書が溢れる日本では魔法が薄い気がしています。国土に流れる魔法の気というか。単に私の心持ですが。
 魔法とはまたちがうのですが、インド映画は大層おもしろいですよ。ほとんどが英語訳しかついていないのが残念です。

Posted by: mikemike | 2007.10.03 12:43 AM

★mikemikeさん
インドは面白い国だと思います。
クリシュナムルティについて書かれていましたが、彼の思想は西洋の哲学をはるかに上回ります。
インドの近代の聖人では、ラマナ・マハルシも人気があり、私はこちらも好きです。
最近は、比較的無名な、ニサルガダッタ・マハラジをわが師と思っております。

Posted by: Kay | 2007.10.03 10:20 PM

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