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2007.08.09

勇気に元気

人間は、元気とか勇気とかいったものが欲しいのである。アントニオ猪木ではないが、「元気があれば何でもできる」とは、なるほど言い得ている。問題は、どうやれば元気になるかである。
よく、「勇気(あるいは元気)をもらいました」なんて言葉を聞くが、およそ私が最も不快に思う言葉だ。それが不幸の元だからである。

勇気、元気とも、気という言葉が入っており、気とは大切なものである。
元々が、老子や荘子の中に、「天地、大地の気」などという言葉がよく使われており、気を扱う代表格のような気功はこの老荘をルーツとする仙道から来ていると聞くこともある。
だが、私は、老荘は分かるが、気功はどうも怪しいと思っていた。
気功の他に気を語るものとして、植芝盛平氏が創始した武道である合気道がある。植芝盛平氏の気は実に難解であるが、その高弟の藤平光一氏は、「氣」という文字を使うが、いくらか易しく解説してくれている。私は藤平氏の氣なら納得できるし、非常に正しいと思う。
(だが、私は藤平氏のパフォーマンスやビッグネームに訴える宣伝は、アメリカでの普及活動を思えばやむなしかもしれないが、あまり好きではない)
藤平氏も著書に書かれていたが、気功では、外にある気を自分の中に取り込もうとするのであるが、それが正しくないと言う。私も全く同感だ。あまつさえ、他人の気を自分の中に取り入れる(盗むというべきか)ことさえするらしい。浅ましい限りである。
藤平氏は、氣は出すものとする。出せば勝手に入ってくる。
実際、気や氣が何を意味するかは言葉で語るのは難しいし、それが意味する「あるもの」(物ではないが)を気と呼ぼうが、氣と呼ぼうが、あるいは、プラナと呼ぼうが実際には意味はない。だが、最大の良きものであり、存在の本質たる何かは出すものであり、自分のところに取り込むものではない。

コゲどんぼさんの漫画「ぴたテン」で、魔界の少女である紫亜は、この世では力を失う一方で弱りかけていた。見習い天使の美紗は、特に何の決意もなく「あたしの命をあげるっス」と言って、悪魔の少女に生命を譲ろうとする。
美紗はいつも「元気」なわけである。

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