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2007.08.03

朝青龍騒動と植草一秀事件

朝青龍騒動を見ていたら、私は植草一秀事件を思い出した。

まず、朝青龍事件であるが、私にはどうにもよく分からない。
腰の疲労骨折として医師の診断書を提出し、相撲協会の公式行事である夏巡業の不参加の許可を得ていたのが、朝青龍のモンゴルでサッカーをやっていた映像が紹介された。事実はこれだけである。
これだけでは何が問題か分からないのではないか?

「腰の疲労骨折でサッカーができるはずがない」
本当だろうか?
体重百キロ以上の力士の鍛え抜かれた突進をささえるのと、遊びのサッカーでは全然違う。
本格的なサッカーではもちろんない。うまく加減しながらやれば、なんとか出来る状態だったからやっただけではないのか?

相撲協会やマスコミは、こぞって「ファンの気持ちを踏みにじった」とし、それを代弁するようなファンのインタビューを選んで放送する。立派な情報操作だ。
新聞などは「軽やかに走り」「豪快なシュートを決め」と、朝青龍いじめをあおる表現をする。私は、別に、とくに軽やかとも豪快とも思わなかったのだが。
大相撲の、しかも横綱ともなれば超人だ。多少悪いところがあっても、常人には考えられないような力があるのは当然である。そこいらは完全に無視である。

あまりにも理不尽な朝青龍バッシングばかりなので、とりあえず、朝青龍の味方の立場で書いてみた。私の意見が正しいというのではなく、相撲協会やマスコミの言うことを無分別に受け入れず、少しは公平に考えるべきであると言っているだけだ。
それより、北の湖理事長のセクハラ問題はどうなったのか?
おそよ、世界的不幸の原因とは、権威ある意見の無分別な受け入れである。ナチスや、旧日本軍部を思い出すまでもない。

次に植草一秀事件である。
私は断言するが、植草氏が痴漢行為を働いたかどうかを判断する材料は、我々一般民衆には何もない。
よって、我々には、彼が良いか悪いかは絶対に分からないという立場を崩してはならないのである。
しかし、これもマスコミは、公平であるべきマスコミは、植草氏が有罪であることを国民に思い込ませるよう煽り立てるだけであった。こんなマスコミは必要ない。
書籍などで、植草氏の無罪を主張するものがいろいろ出てきている。残念ながら、それらについても、私は果たして正しいかどうかは分からない。なぜなら、警察や検察側のこれらの本に対する反論がないからだ。検察側では、これらの本やその活動は全く無視であろう。国家とはそんなものである。

だが、この事件に関しては、私は検察側がかなりおかしいと見る。
それは、植草氏の自宅を家宅捜査し、セーラー服などが見つかったということだが、これが何の関係があるのだろうか?
セーラー服を集める趣味があったから、女子高生に痴漢行為をしたという論理なら馬鹿げている。土台、成人男性で、そんな趣味のない人の方が少ないのではないか?
多くの男性が、女房や娘にバレなければ(息子は理解者であって欲しい)、自分もセーラー服やブルマなど、一度は買ってみたいと思っているはずだ。植草氏は並外れた人間であり、行動力もあるので、善は急げ(?)で実行しても不思議は無い。それに、いまは楽天参加ショップはもちろん、アマゾンですらこんなものは買えるのである(あまり詳しくはありませんが^^;)。
植草氏は警察に、容疑を認めないと、こういったことが世間にバレ、自分だけでなく家族が苦しむことになると脅されたという情報もあるが、最近の警察の自白強要、デッチ上げ、冤罪事件の数々を見れば、そういうこともあった可能性は否定できない。そして、事実、植草氏の「まともな趣味」が世間に公表されている。これについては、植草氏は恥じる必要もないし、ことさら植草氏を見下すのは、同じ趣味を持つ者の、いわゆる「同病相哀れむ」だと思うのであるが如何であろう?つまり、一番いやらしいのは検察である。

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