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2007.08.05

ロボットと人間の違い

ロボットという概念および言葉を作ったのは、チェコスロバキアの作家チャペクである。1920年のことだ。尚、このロボットは、フランケンシュタインのような人造生物であったらしい。
1950年のアイザック・アジモフのSF小説「われはロボット」でロボット工学三原則が登場し、これが有名になったことから、ロボットの実質的な産みの親はアジモフと言えるかもしれない。
しかし、17世紀のフランスの自然学者・哲学者ルネ・デカルトは、動物に関しては精巧に作りさえすれば本物と区別は付かないと考えていた。

さて、現在では、ロボットと人間の究極的区別は、「クオリア」を持つかどうかであると言われる。以前は「心」の有無によるとされていたが、一般的に言うならあまり変わらない。ただ、心という言葉はあまりに抽象的で漠然としており、その範囲も曖昧だ。
一頃、やたらと「いやな感じ」とか「アイス食べたい感じ」という言い方がされたが、簡単に言えば、この「感じ」がクオリアである。
ロボットにクオリアはないとされていた。ただ、外見上でいえば、本当にクオリアを持っているのか、クオリアをシミュレートしているだけなのかは分からないかもしれない。

鉄腕アトムやエイトマンはクオリアを持っているように見える。ただ、これも、単にクオリアをシミュレートしているだけかもしれない。
しかし、逆に言えば、人間のクオリアも単にあるように思われるだけの幻想であるとする考え方もある。突き詰めると、この場合、人間もロボットも差はない。

2005年の漫画「エイトマン インフィニティ」では、ついにクオリアという言葉が使われた。今のエイトマンファンはなかなか大変だ(笑)。
この作品では、クオリアは魂のようなものとし、量子コンピュータが作り出している。これは、ペンローズの量子脳理論を引用しているようにも思える。
主人公の東光一とアンナの関係が「灼眼のシャナ」のシャナと悠ニの関係にちょっと似ている。面白い作品だ。

20070805

で、私のクオリアのラクガキ(笑)。気楽なラクガキこそ、クオリア存在の証明かもしれない(?)
絵をクリックすると、ポップアップで大きな絵が出ます。

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