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2007.07.14

学校教育で歪んだ脳

最近は、書籍はアマゾン等のオンラインショップで買うことが多くなったが、書店にもよく寄る。
ところで、書店では、以下のような奇妙な体験をよくする。

下図のように、書棚が向かい合わせにあり、その間は、2人の人間がなんとかすれ違える広さの所がある。
そのような場所で本を見ていると、数分もしないうちに必ず、誰かが私の真後ろに立つのである。本当にぴったり真後ろである。
私なら多少ずらして立つ。言うまでもなく、人が通れるようにである。
Book
大勢の人がいるなら仕方ないと言えるが、2人しかいないような時でも、必ず私の真後ろである。
これが毎回、必ず行われてくると、さすがに恐ろしく、もう書店に行くのはやめようと思う。

思うにこれは学校教育の成果であろう。
学校では、絶対的に集団行動が強制され、「前に習え」の号令通り、全て皆と同じようにやらねばならない。
学校に行った者は、自分独自で立つことさえ出来ず、他人、特に私のように美しく立派な人間を見ると(♪~)、無意識に鏡に映ったように真似をするのである。

こんなこともある。
道を歩いていて、向こうから人が来るのが見える。相手は、こっちから見て、やや左寄りを歩いている。そこで私は早々に右に寄る。すると、かなり近付いた時に、相手は必ずや、私から見て同じ右側に寄るのである。
美しい私に接近したいという気持ちは分からぬでもない(♪~)。しかし、その顔を見ると、全く知性のない表情と、おどおどした、あるいは、奇妙な横柄さに満ちている。
これもまた、他人と同じことをやり、いつも群れていないといけないという学校教育の成果である。そのルールの外にある私への非難か憧憬が逆に蔑む表情を取らせるのであろう。

また、私が普通に歩く速さが、常人がかなり急いだ速さと同じである。
私がのんびり歩いていると、下品な靴音をたて、息まで荒くして必死で追いすがってくる迷惑な輩も多い。
それでも、私がのんびり歩く速さとさして変わらないので、放っておくと、かなりの時間、私は嫌な時間を持つことになる。品の無い人間と少しでも近くで歩きたくない。
そんな時、私はピタっと立ち止まる。すると、ほとんどの者がドングリを取り上げられた猿のような表情になる。
ある時は、ちょっと年配だった男が、私の横を通り過ぎる際、ずってーんと転んだ。
学校で教育された猿にはあまりに予想外で、よほどの衝撃を受けたのだろう。
学校に教育されると猿になるのである。

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