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2007.07.19

当たり前の異常

夢の中でなら、自分の家の中にライオンがいようが、自分の愛車に脚があって馬のように走ろうが、別に何とも思わないかもしれない。
しかし、現実でもそれは変わらないのではないだろうか?
ある会社を覗くと、部長さんの首から上が象なのに、そこの社員は誰も違和感を持っていないということがあるかもしれない。
家の庭に、急にミサイルが設置されたのに、その家の者も、そこを通る近所の人も、それを当たり前に見ているかもしれない。
人間とは、実際にそのようなものなのだ。

芸術に、シュールレリスム(超現実主義)というものがあり、非日常の不思議な風景が描かれている。
ダリ、マグリッド、シャガールなどが有名である。
人の顔をしたネコ、腕が6本ある人、人間の指のある靴、空を飛ぶ人間。それらは自然に描かれている。見ている者は、特にそれが奇妙であるとは思わなくなる。

いや、もう現実にそのようなことが沢山実現しているのである。
そう言っても、
「何を言ってるんだ。どこもおかしくないじゃないか?」
と応える者がほとんどであろう。
夢の中で、人々がマシンガンを持っていて、「これは異常だろ?」と言われても同じように応えるようにだ。

世界は夢と変わらない。
目に見えるものをそのまま受け入れても良いが、それに価値判断を加えると夢に取り込まれる。特に、あれは好きだが、これは嫌いと思うと、目覚めることは難しくなる。
夢を見ている限り、本当の自分は不在だ。それはあるべき幸福を見失った状態である。

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