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2007.07.21

いじめは脳機能の問題

例えば、いじめを行う者は、端的に言えば育ちの問題とされてきたと思うが、これが脳機能の疾患が原因と言われたことはあまりないと思う。
しかし、性犯罪を繰り返すような者には、情動を制御する脳の機能に障害が見られる場合も確かにあると思う。だが、そのような場合でも、少なくとも日本においては、脳の疾患の方をあまり考慮されることはないように思う。
学校でも、会社でも、非常に不快なことを言ったり、あるいはしてきたりという者がいるかもしれない。しかし、そんな者の言動は、実は脳機能の変調や疾患に因するものかもしれない。
過去、精神分析学ではお手上げ状態の病気も、脳機能により解明されているものも多くあるはずである。
だが、このように言うと、性格や心の欠点が矯正不能なものということになってしまい、それは、人権問題に関わる可能性があることから、そう容易には認められないと思う。

では、芸術的才能はどうだろう?
確かに、芸術的才能というのは存在するが、それがどのようなものであるかは、分からない場合が多いように思う。音楽的才能であれば、音を識別する耳の内部構造に常人とは異なるような発達が見られるようなことを聞いたこともあるような気がするが、それは全ての音楽的才能の持ち主に見られるものでもないと思う。
だが、新しい脳機能科学や神経科学では、美的感覚に関係する脳の部位はかなり分かってきているようで、その部分が特化して発達すると、訓練したわけでもないのに、驚くべき作画能力を発揮するようなことがある。

芸術的才能も一種の脳疾患あるいは脳の異常状態と言えるかもしれない。
脳の異常による言動のそれぞれを、良いとするか悪いとするかは、必ずしも明確でないと思う。そもそもが、善悪にしても相対的な場合が多いのであるから。

私は、可能性としては、従来、心理学や精神医学の領域とされてきたことも、脳機能で全て説明できるようになると思う。
ただ、脳機能の異常には、神経の断裂といった、医学的処置でないと治らないもの、あるいは、現代医学の水準では治らないものもあると思うが、脳のバランスの良い発達により解決される問題も多いだろうと思う。
少なくとも、心理学や精神分析学もであるが、道徳や倫理、教育では何らの進展も見られない問題が実に多い。これらに新しいアプローチを与え、解決する可能性も高いと思われる。

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