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2007.06.06

美の実体

乙女が憧れの彼を想って胸がキュンとなるとか、逆に男が少女の真っ白な肌を見てゾクっとするなどは、詩人や作家は言葉を尽くして表現しようとするが、それは、何か感情や感覚のインパクトであり、本来は言葉で言い表せるものではない。
また、画家はそれを描写しようと試みるが、写実に描いてもその衝撃を表現できるものではないため、様々な表現形式が生まれることになる。しかし、詩にしろ絵にしろ、究極に達すれば、書かないこと、描かないことが最上の表現であることを知る。
特に最近の若い人は、語彙が少ないのに、それをなんとか簡単に表現し、自分にも納得させたいことから、単純で音感の良い言葉、「超きれい」「バリ萌え」「ギザ可愛い」などに心のイメージを投影して一応満足する。ただ、これらは個人的イメージであるために、コミュニケーションとして成立する範囲は、その言葉がいかに流行しているように見えようが惨めなほど狭いことに気付かない。
ところで、美とは、自分の内側の外側への反映であることを知ると、目で見る、心で感じる、いや、もっと正確には脳でイメージする外側の美に執着しなくなる。なぜ執着しないのか?それは、全ての美が自分のものであることを知るからだ。

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