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2007.06.26

自己覚醒の方法。完全無料(笑)

では、ラマナ・マハルシの教えた自己覚醒の方法を説明する。自己覚醒とは、つまるところ、悟りを開いたり、宇宙と一体になったり、神になることと思えば良い。
マハルシの方法に版権はないので、無料で勝手に教えても良い。
また、Webサイト上によくあるように、「誰でもできる効果抜群の方法はこちら」なんて騙しをする気もない(笑)。真に良いものは無料である。

マハルシの言った方法は簡単だ(簡単過ぎる)。「私は誰か?」とひたすら自分に問えば良い。「さあ、やれ!」って、誰がやる(笑)。
修行や訓練なんて、「黙って言われた通りにやるものだ」と言う者もいるが、それは相手が子供の場合だ。良し悪しはともかく、大人であれば、ある程度は頭で納得しないとやれないであろう。

尚、自己覚醒の条件とは、心の沈黙である。
聖書にも「心を鎮め、自分が神であると知れ」と書いてあり、そのこと自体は良いのであるが、どうやって心を鎮めれば良いか書いていない(いいかげんだなぁ)。
心が消え去った状態は、無我と言う。人は、心を自己と同一視するから問題が起こるのである。フロイトも、心は幻想であると言っているが、脳機能科学的にも正しい。
この説明は長くなるので、ここらで切り上げる。

マハルシは、この自己を問う方法以外に適当な方法はないと言った。
ニサルガダッタ・マハラジは、マハルシの方法を肯定しているが、別の方法も教えている。それでも、マハラジはマハルシに欠点があると言っていない。
どちらが良いかは気質によるが、別にどちらでも良いと思う。今回はマハルシのものだ。

ところで、マハルシは「私は誰か?」と問えば良いと言ったが、マハルシはインドのある地方の方言で話したはずだ。これが正しく、「私は誰か?(Who am I?)」という日本語の意味になるかどうかは注意した方が良いかもしれない。
とはいえ、ここでそのようなことを検討する方法もない。
結論として、私は、「私は誰か?」より、「私とは何か?」あるいは「私とは?」と問う方が良いと思う。
「誰」という時、我々は当然、人間をイメージするはずだ。人によっては、神や神霊、あるいは天使や妖精といったものも含むかもしれないが、そのいずれも良くないのである。それらには先入観があるからだ。
そのために先入観の入りにくい「何」の方をお薦めする。

問い方は、声に出そうが、心の中で問おうが構わない。しかし、普通は心の中で問う方が便利だろう。
ではなぜ、「私とは何か?」と問うと自己覚醒に至るのであろう。
これに関しては、マハルシとマハラジは異なることを言っているように思われる。実際には全く同じなのであるが、表現が異なる。

マハルシの説明はこうだ。
あらゆる想念の中で、最も最初に起こる想念は「私」という想いだ。
何かの想念が起こった時、その想念は誰に起こったのかというと、それは「私に」であるに決まっている。
想念がある限り、「私」が存在しているのだ。
想念の大元である「私」に想いを固定すれば、他の想いは消えてなくなる。

マハラジの説明はこうである。
心に「私とは何か?」と問うても、心は答を出せない。なぜなら、その答えは、心の限界を超えているからだ。
言い換えれば、心は、自己が何であるかを見ることができない。なぜなら、自己は心ではなく、心を超えたものであるからだ。
よって、自己を問い続けると、その問いは意識を心の果てに連れて行く。

ただ、これらは、言葉で説明できないことを、敢えて言葉で述べただけに、どこかすっきりしないのは仕方がない。

いずれにせよ、簡単である。「私とは何か?」あるいは「私とは?」と常に問えば良いのだ。
就寝時にベッドの中でやると、あっという間に寝てしまうが、それで良い。

さて、これでやるかやらないかはもちろん自由だ。
「そんなことをやってどんな得があるか?」というと、何も得をしない。昨今、書店に沢山ある本のように「ツキが恐ろしいほどやって」きたり、「素敵な人を魔法のように引き寄せ」たり、「お金が不思議なほど入る」なんてことは絶対にない。ただ、それらの本に無関心になるだろう。大金持ちのハデな占いオバさんに「アンタ、死ぬわよ」と言われても、彼女が滑稽に思えるようになるだろう。
では、「それをやることで何の効果があるか?」というと、恐ろしい効果がある。
何事であれ同じであるが、敢えてやってみた者だけが素晴らしい体験をするのだ。
無料で危険はない。
ただ、この方法がうまくいかない場合がある。それは、心が十分に強くなく、集中力がない場合だ。
これは、根本的には心が鍛えられていない場合である。言い換えれば、心が柔軟であるという意味でもあるのだが、自己覚醒には心の円熟も必要だ。具体的には、世間で働いて、心を鍛えるのが一番だ。勉強やスポーツに励むのももちろん効果的だが、世間で鍛えられることに比べればあまりにたやすく、必要な心の強さには足りないであろう。例外として、極めて若い学生でも自己覚醒できる場合があるが、やはり例外である。
心も身体も超え、時間も空間も超えた自己である体験・・・いや、体験も超えた存在となっていただきたい。

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Comments

素晴らしかったです
元気が出ました

Posted by: | 2011.03.05 at 10:28 PM

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