« ニートと子供の教育の関係 | Main | 私とは何か? »

2007.06.20

文学作品と漫画・アニメの違い

かなり以前から、男性の中に、本物の女の子よりアニメやゲームの美少女キャラを好む者がいましたし、現在はそんな男性が急増していると聞きます。
これを聞くと、現実の彼女がいる男たちが蔑みの笑みを浮かべて言います。「やっぱり本物の女の子の方が絶対にいいぜ」。そして、大抵は誰でもその通りと思うでしょう。
しかし・・・見逃していることがあります。
それは、「本物の女の子」もバーチャルであるということです。
養老孟司氏の「唯脳論」でも読めばよく分かるのですが、人間にとって現実とは、単に脳内のバーチャルイメージに過ぎないわけです。
物理学的に言っても、女の子の顔形、スタイル、肌や髪の色といったところで、単に光子という電磁波の反射物を目で捕え、脳が脳のやり方でイメージ化しているに過ぎません。
音もそうです。単なる空気を媒体とした波動を耳の器官で捕え、やはり脳内で脳の方法で再現したに過ぎません。触覚、嗅覚もしかり。いずれも、驚くべき機能であることも確かですが、あくまで脳が構成したバーチャルイメージでしかないことでは、現実と呼ぶものも、アニメやゲームの映像も同等です。
そして、アニメの女の子より、生身の女の子の方が価値が高いというのも、1つの思い込みに過ぎません。
実際に、アニメやゲームの女の子の方が、現実の女の子よりリアルに暖かく感じたとしても、別段不思議なことではありません。
優れた小説では、そこに登場する少女に、現実の少女に対するよりはるかに強い愛情を感じるというのは、特に珍しい話ではないかもしれません。
また、確かに、アニメやゲームの女の子の映像の進歩は凄いですね。今後、まだまだ進歩するでしょう。
私は一切のゲームをやりませんが、アニメやゲームの女の子に欠ける点は、おそらく意外性のなさでしょう。かなり制限された範囲内の感情表現や行動をしていると思います。しかし、優れた小説(もちろん、漫画でも良いですが)の場合は、その意外性があります。
ここらが文学作品と一般的な漫画やアニメとの違いと思います。

|

« ニートと子供の教育の関係 | Main | 私とは何か? »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 文学作品と漫画・アニメの違い:

« ニートと子供の教育の関係 | Main | 私とは何か? »