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2007.05.28

幻想のエロス

パンチラの話を切り口に、文化、心理学問題を鋭くえぐる(マジか?)。

アニメや映画ではヒロインのスカートがあり得ないほど短いというのは珍しくはない。
しかし、アニメなどでも、現在ではパンティーが見えるということはほとんどないらしい。
子供向けとされるアニメの「カードキャプターさくら」(実際は大人のファンも多い)では、原作者のCLAMP(4人組)さんが、アニメ製作側に「よほどのことがない限りパンツは見せないように」と設定資料の中で指示しているのを見たことがある。
現在のプリキュアはよく知らないながら多分変わらないとは思うが、「ぷたりはプリキュア」では、パンチラはもちろん、「カードキャプターさくら」ではよくあった入浴シーンや水着姿もなしとしていた(もっとも、プリキュアは中学2年生で、さくらは小学4年生という違いもある)。

昔であれば、「美少女戦士セーラームーン」では、パンチラというかパンモロもかなりあった。ただ、同時代の「怪盗セイント・テール」や「魔法騎士レイアース」では、ヒロイン達はミニスカートで派手にアクションしながらも、決して下着が見えることはなかった。

近年、パンチラがなくなったのには、やはり海外輸出への配慮があると思う。アメリカでは非常に規制が厳しく、パンチラはもちろん、入浴シーンもカットされるらしい。

ただ、規制するのが必ずしも健全であるかというと、いろいろ意見があると思う。規制する者が一番エッチだという見解もある。
また、やはり2人の美少女が超ミニで宙返りやハイキックも連発していたアニメ「ノワール」も、何も見えなかったが、製作責任者の中に「見えそうで見えないのが本当のエロス」という信念を持つ者がおり、楽しく製作していたようだ。

次に、パンティーが見えるのが必ずしも楽しいのかという問題がある。
「灼眼のシャナ」でも、シャナはスカートの短いセーラー服で、見えてないことは絶対にないという派手な動きをするが、画面上でパンティーは見えなかった(ただ、下着姿というのはかなりあったように思う)。それが最終回では、視聴者への感謝の印なのか、戦いの中でパンティー見せまくりであった。しかし、やはり、見えない方が良かったように私は思う。

ところで、下着あるいはそのさらに下の肌そのものが見えるのがエッチだとか恥ずかしいというのは、案外思い込みであるかもしれないのだ。
ご存知のように、昔の日本では女性は下着を着用しなかった。着物の裾は現在のミニスカートほどではなくても短い場合もあり、モロに見えるようなこともあったが、別段誰も気にしなかったらしい。それどころか、通行人もいるような家の前で、若い娘がたらいで普通に水浴したということだ。言うまでもなく裸でである。
そういえば、北欧では、家族全員とかさらに来客も一緒に裸でサウナに入るということもあるらしい。言うまでもなく、奥さんや年頃のお嬢さんも一緒である。当然、男性の来客も、「そのこと」については嬉しくもないし、お嬢さんも恥ずかしいわけではないらしい。
現在、女性のジーンズのカットは短いのが普通で、しゃがんだりしたら当然パンティーは見えるが、そんなものにいちいち興奮するのはおじさん達だけだろう。しかし、これを僅か10年前にやればかなりのセンセーションだったと思う。しかし、それでも、スカートの中からパンティーが見えるのは都合が悪いらしく、どこぞの手鏡でスカートの中を見たとかで逮捕されたという元大学教授のことは記憶に新しいが(これは冤罪であると主張する書籍が出ている)、もしかしたら近い将来、そのような行為を咎められないというか、奇異に見られるだけになるかもしれない。

こう考えると、「エッチなこと」というのも、単なる洗脳の一種と思うが、多分正しいと思う。

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