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2007.05.09

芸術は省略だ

私は中学2年から、授業を一切聞かないことに決めていたのであるが、身体だけは授業に参加していたため、教師の声だけは聞こえていたことになる。
その中で、小学校から高校までの全授業の中で、唯一憶えている10秒がある。
それは、高校の古典か国語だかは知らないが、和歌を扱っていたものであった。
教師が、恐らくは教科書に書かれていた和歌に関する技法を説明したものだと思う。
「なるべく書かずに、読み手に想像させるものが良い」
これだけだ。しつこく憶えているところをみると、よほど胸を打ったのであろう。
これは俳句の真髄でもある「省略を巧みに」にも通じるが、当然ながら俳句は和歌から生まれたのであり、和歌より短いものであるから省略はさらに重要なはずだ。
何かを付け加えることを考えるのではなく、何を捨てるかを考える・・・というのが、イタリアの有名なコンパクト・カーであるフィアット・パンダのかつてのポリシーであったと聞いたことがあるが、何やら、この世の真理にすら通じるものであるように思う。

関係あるかどうかは分からないが、女子中高生らしい言葉使いにしたければ、言葉を妙なところで止めれば良いと思われる。例えば、
「私、もう大丈夫だから」
といった感じで、本来なら続きがあるところで止めてしまう。
言われた方は、続きを想像することで、その言葉に余韻を持たせることになる。まあ、あくまで可愛い女の子が話した場合に限定されるであろうが(笑)。
しかし、事務的な会話の場合は、このような話し方は当然NGだ。
また、余韻を味わいたくない、興味のない女性が言った場合には、言われた方はむしろ腹が立つ可能性もあるので注意したい。
そして、男性の場合は、このような話し方をせず、最後の最後まで、びしっと言わないといけない(例外は当然ある)。

俳句でなくても、詩はもちろん、小説でも、省略した方が良い場合は当然あるだろう。
絵画でもそうだと思う。なるべく描かずに済ませるタイプの画家もおり、少し離れて見るとワイングラスに見えるものが、近くで見ると、一筆を走らせてあっただけという名人芸もある。

書かれた文章や、描かれた絵の外にあるものを想像し、つまり、自己の世界で創造することが、想像力を高めることになるだろう。
可愛い女の子の、言わなかった言葉というものは、当然にして美しい心を育てる力になる。
ところで、最近の美少女アダルトゲームはこの点、実に拙い。(※注 私は決して詳しいわけではない^^;)。絵のレベルは実に高度になっているが、その素晴らしい絵で、露骨に表現されてしまっており、想像の隙間もない。一応は18禁であるが、実際には、中高校生のユーザーが多いだろう。彼らにしてみれば、現実の女の子よりずっと美しい少女の見たい姿をモロに見れ、ある意味、簡単に夢が叶ってしまうわけである。
若い時の異性への憧れこそ、想像力を育てる重要なエネルギーであるのに、なんとも勿体ない。是非、エロチックな素晴らしい小説を読んで、想像を逞しくしてもらいたい。池田満寿夫さんなども、それを熱心かつ頻繁に行ったようである。

ついでだから、付け加えであるが・・・と、なるべく書かずに済ませるポリシーは私にはないらしい(笑)。
手塚治虫さんの「アラバスター」という漫画で、多分CIAか何かだったと思うが、ロックという若い男性の捜査官が、亜美という少女(多分中学生位)を追い詰める場面がある。なんと、亜美は透明人間であったが、水に濡れて現れた姿が美しく、ロックは、彼女を○○○してしまう(想像せよ)。で、その行為中の場面は、なんと、二人がその中にいる森が描かれ、その森の絵の上に「しーーーーん」という擬音が(笑)。読者は、そのしーーーーんのシーンを想像するのである^^;;
今の漫画なら、実際の行為をモロに描きそうな気がするが、しーーーんの方が衝撃は大きいと思う。
あ、もちろん、ロックは超イケメンなので、読者からはさほどの非難は出ないのであるので・・・(と、途中で言葉を止める^^;)。

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