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2007.05.19

何回見れるか?

お気に入りの小説や映画があったとして、それを何回読んだり見たりできるものであろうか?
別に漫画でもアニメでも良いし、科学書、技術書、心理学書、哲学書その他でも著者の思想が反映されているものなら良い。
かなり好きなものでも、せいぜいが4~5回ではないかと思う。
特に、連続であれば、最初は面白いと思ったものでも、3回目には食傷気味になる場合が多いと思う。

私は小学生の時は「ピノキオ」「怪傑ゾロ」「みつばちマーヤの冒険」を繰り返し読んだが、一番よく読んだ「怪傑ゾロ」でも5回くらいと思う。
中学生の時はH.G.ウェルズが好きで、ウェルズ博士と呼ばれた位であったが、1度読めば十分であった。ただ、ウェルズの作品は数が多かったのと、1度読めば純粋にして必要なエッセンスが心の深くに残り、読み返さなくても精神の中で味わえた。こんなことが可能な作家は、私の知る限りウェルズだけで、コリン・ウィルソンが「賢者の石」という小説の中で、主人公とその知性溢れる友人共に、最高の作家はウェルズだと言わせたのも頷ける。

最もよく見た映画は「ジーザス・クライスト・スーパースター」(1973年のノーマン・ジュイソン監督のもの)で、実に70日連続でビデオで見た(未DVD化。ビデオも英語版のみ)。野外ミュージカルとしては「サウンド・オブ・ミュージック」と並ぶ傑作とされるが、嘘だらけの「サウンド・オブ・ミュージック」は1度見たら不快となり、二度と見ていない。
「ジーザス・クライスト・スーパースター」は、まず素直に音楽的に良かった。歌もオペラのようなものは別として、こんなにうまい歌手がいるものかと驚いた。また、その詩やセリフも素晴らしかった。CDは持っているが、映画のDVD化も熱望しているのだが・・・。

ところで、淀川長冶氏はアラン・ドロンの「太陽がいっぱい」を4百回以上見、そのたびに必ず涙を流したという。これは、別に聞いたことがあるわけではないが、作品の素晴らしさと共に、淀川氏の子供時代や青春時代が関係することはまず間違いないと思う。あの映画は、子供時代や青年時代に心に深い傷を負った者でないと理解できないと思う。あの映画を4百とは言わないが、数十回見れるならやはりそうだと思う。何も感じないなら、せいぜいが不満ばかり抱えてはいたが、我がままな青春だったに違いない。
いかに24歳の美貌ざかりのアラン・ドロン主演とはいえ・・・10回は見れるか(萌え)。

書籍では「ローム大霊講話集」(霞ヶ関書房)を、閉じ糸も取れて本当に「ボロボロ」になるまで読んだ人物がいた。10年以上っかっていると思う。その人に逢ってみると一瞬で只者でないことを感じたので私もチャレンジした。5回で終わった(爆)。

私はアニメも好きだが、最も多く見たのは「レイアース」(「魔法騎士レイアース」のOAV。全体で約2時間)か劇場版「美少女戦士セーラームーンR」と思う。後者は何度見ても涙が出る(笑)。少し昔、映画館でこの映画の緊迫のラストシーンをお母さんと子供が食い入るように見ていた中で「Moon Revenge」という曲が流れていたが、あの歌が冬杜花代子さん作詞(作曲は小坂明子さん)のなんとも恐ろしい歌だったとはほとんど誰も気付かなかったはずだ。
それと、毎年8月には劇場版「アキハバラ電脳組~2011年の夏休み~」を必ず1度は見る。最も好きなアニメ映画の1つで、奥井雅美さんの歌も良い。

尚、現在は「灼眼のシャナ」のDVD全24話の4巡目の視聴に入ったが、全然飽きない。
また、ある偉大な書の連続3回目の読書に入った。これは百回でも千回でも読めそうである。

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