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2007.05.01

プロのイラストレーターは間違いなく速描きの能力を持つらしいが、実際には、プロの絵描きであれば、その気になれば、誰でもそれなりに速く描けるに違いない。
有名な速描きの画家といえば、ピカソ、ゴッホ、モディリアーニというところが思い浮かぶ。ゴッホは、精神病院での1年間に150点を描き、ことごとく傑作であったという。
ピカソは、発表しないものも含めたら、毎日2点以上描いていたという話もある。
逆に、描くのが遅いというわけではないが、制作数が際立って少ないのがダ・ヴィンチだろう。作品は生涯で10数点に過ぎないというし、代表作の「モナ・リザ」は生涯手を入れ続けたようだ。
ムンクもまた、速描きで知られるが、彼の重要なターニング・ポイントとなった作品という「病める子」は何度も描き直したものだ。
私は、今はこの「病める子」がなんとも馴染む。他の人がこの絵をどう評しているかは知らないが、死と祝福の光に溢れているが、絵と対になって根源的な存在が見えてくる絵だ。しかし、それは自分の死を通してでないと見えてこない。
ムンクは、幼くして母が死に、姉と弟も若くして死に、自身も虚弱であった。幸いにして彼は長生きしたが、死を身近に感じていたのだと思う。
誰にでも、これまでの人生の中で、死の可能性をもった出来事というのがあるかもしれない。意外に物理学者にも支持者の多い、多世界解釈というものがあり、平行した無限の世界が存在し、それらは異なる可能性が実現された世界だ。1つの世界では、車にひかれそうになってひやっとしたくらいで済むが、平行する別の世界では重症を負ったり、死んだりしているかもしれない。それならば、誰でも死んでいることになるし、生き残っているのも、たまたまに過ぎないかもしれない。
特に私の場合は、奇跡的に生き延びたに過ぎないことが2度もあり、やはり死は親しい感じがする。
おかげで私は、身体も心も超えたし、時間も空間も超えた。
死を知れば、人生は充実するし、死を超えることもできる。
逆に、死を知らなければ、人生は自我に乗っ取られたまま幻想の中で過ごすことになる。

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