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2007.03.13

暖冬に想う

暖冬だと、いつもの年より物悲しさを感じないのはなぜだろうと考えたら、おそらくは「マッチ売りの少女」と「フランダースの犬」を思い出さないからだろうと思う。
この2つは、凍える寒さの中、空腹と疲労で罪のない若い命が尽きるという、なんとも救いのないものである。
「3匹の子豚」や「赤頭巾ちゃん」なども、ハッピーエンド版が一般化しているが、本来のお話は狼に食べられて終わりのはずである。ただ、これらのお話は、あまりに漫画っぽく、あくまで教訓のためのたとえ話であり、それほど悲しいお話ではない。
同じように人間以外の生き物を題材にしたものでは、イソップの「アリとキリギリス」の方が、もっと恐ろしい。このお話も、アリがキリギリスを暖かく迎え入れ、キリギリスに反省を促すというものや、悪くても、アリが「当然の報い」と冷たくキリギリスを追い返すといったお話が一般化しており、原作がどうなのか分らないほどであるが、一説では、アリがキリギリスを捕まえて食べてしまうというのが元のお話とされる。いや、さらに言うなら、アリはキリギリスの手足をもいでしまい、粗末な餌を与えて太らせてから食べたという残酷バージョンもある^^;
尚、「グリム童話」に関しては、グリム兄弟が楽しいお話に書き直したものが一般化しているが、元々のお話はなかなかエグいと聞く。

「マッチ売りの少女」はモデルがいるらしいが、こういった境遇の子供は現在においてすら、世界には決して少ないわけではない。
「フランダースの犬」は、豊かに創作された小説ではあるが、矛盾や理不尽さに現実感がある絶妙な展開が読者を引き込むのだろう。悲運を描く小説は数多いが、その中でも屈指の泣ける小説であると思う。
この2つのお話は、主人公が、いかにがんばろうとも、プラス思考しようとも、勇気を奮い起こそうとも、そして、一点の曇りもない純粋な魂を持っていても、それが何の役にも立たないところは、本当に容赦のない作品を作ったものである。
あえていえば、マッチ売りの少女は死の間際に楽しいものを見たし、ネロはルーベンスの絵を見た。しかし、それが、二人に与えられたせめてもの慰めであったことが、余計に悲しさを誘うわけである。
私など、子供の頃、これらのお話を読み、極度の人間不信に陥ったものである(笑)。いや、現在でもそうかもしれない。そして、そのおかげで世界の全てを疑う種を自分の中に持ったことは私の幸いであったようである。

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Comments

こんばんは。

私も かなりグリム童話 アンデルセン童話は 読んで育ちました。
なので あの頃でもかなり 残酷な話ではありますよね。

普通に、「毒りんご」⇒ 今あったら かなり大問題の犯罪ですし〔笑〕、普通に、「猟師が鉄砲で撃って」とか、「死んでしまいました」、「食べられてしまいました」とか淡々と物語はあるのですけど、
あっけないどころか、過程はいっさいなく ころっと終るんですよね〔苦笑〕。

マッチ売りの少女は 実際あったお話かどうかは知りませんでした。
でも、実際 それを「見ている」ひとがいないと書けないことですね。
まずは、「見ている」こと自体 調べたくなってしまうのは、
そこが 問題だからかなと 思います。

描くなら 暖かくなるお話しを 書きたいものです。

Posted by: | 2007.03.17 10:04 PM

「アンデルセン自伝」によると、おそらくですが、マッチ売りの少女のモデルは一人ではありませんが、男の子の例もあります。
寒い夜に親方にビールを買いに行かされ、転んで目を怪我して1つの目の視力を失ったようです。
まあ、類したお話はゴマンとあるでしょうね。

Posted by: Kay | 2007.03.18 04:56 PM

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