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2007.03.12

現代のオカルト

オカルト(神秘、魔術、超自然)的なものは、昔から人を騙して金儲けをする手段に利用されたので印象は悪いが、精神を刺激するためには有益なものと思う。およそ、壮大な想像力なんてものはオカルトが関係するものばかりではないか。
芸術の題材も、聖書や神話と言えば聞こえはいいが、神秘な世界を堂々と描くなどはまさにオカルトである。
「20世紀最大の詩人」と言われるノーベル賞作家W.B.イェイツはかなりのオカルティストで、一説では魔法結社の会員であったというし、彼の「ヴィジョン」という作品は、彼の妻による自動書記(霊などが人間の手を動かして書かせること)により得た異世界の情報を基にしたものだ。
ニュートンが、数学や物理学の研究より錬金術の研究にはるかに大きなエネルギーを費やしていたことは、彼の死後に残された研究ノートに現れているらしい。
また、唯物論者の代表のようなデカルトも、実はオカルト大好きだったらしいが、公には秘密にしていたらしい。ただ、「方法叙説」に、「珍奇で稀有な学問も役に立った」と書いてあるのは、神秘学のことを指しているらしい。
ただ、特に現代の日本では、オカルトのレベルが落ちてきていると思う。霊能力や超能力や運命学についてメディアに登場するのは、いかに人気を博していても、一目で怪しいと分かるオバさんやオジさんばかりであるが、人は騙されてしまうと、なんでもステキに見えるらしい(笑)。
私は、中学1年生の時、W.E.バトラーの「魔法入門」という書で魔法の勉強を始めた。ここでいう魔法の定義は「精神に自在に変革を起す技術」であるが、そんなことが本当にできたら、まさに無敵であるし、それこそ魔法かもしれない。バトラーの師のダイアン・フォーチュンはフロイト理論を魔法に取り入れたとも言われる。
ただ、これら西洋魔法は、多分、日本人には馴染まない。そもそもが、バトラーはインドでヨーガを学んだが、それが西洋人に向かないところがあるので作り直したくらいである。
とはいえ、バトラーの「魔法入門」やフォーチュンの「神秘のカバラー」は現在も入手可能で、なかなか面白いので、ヘンなオカルトに行くくらいなら、こちらに取り組んだ方が良いと思う。
日本人に向くオカルトも、良いものがあったのだが、すっかりすたれてしまった。その原因は「幸運が恐いほど来る」とか「お金も恋も望み通り」式の、全く頭を使わない欲ボケ人間に合わせたものばかりになってきたからだ。
中国に目を向けると、「荘子」のように実に分かりやすく真理を現した書がある。もちろん、体得までには時間がかかるだろうが、当たり前に世の中に存在することは良いことだ。
インドには、20世紀にも何人かの聖者がいて、良い教えを残してはいるが、サイババのようなペテン師にハマる人が沢山いたりで、なかなか大変である^^;
マハリシ・マヘーシュ・ヨーギといった、やたら商売の上手い聖人もいるが、個人的には、あまり関わらない方が良いグループと思う(金もかかるし・・・^^;)。

尚、医者が専門用語を並べ立てたり、大企業の重役で、すごい実績のある技術者が書いたものをたやすく信じる傾向が日本人には特に強いであろう。そんな人たちの書いたものの中に、なんとも馬鹿げた低レベルのオカルトも沢山ある。騙されないためには、科学的思考が大切なのはもちろんであるが、やはり学校というものの中で思考する能力を失ってしまうことの問題が大きい。これを補うには、世間で修行して、経験しながら自分で考えるのが良い道であると思う。

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