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2007.03.18

白鳥を超えたあひるの子

著名な心理学者エイブラハム・マスローが、大学院を卒業し、コロンビア大学で研究助手をしていた時、知能テストを受けた。指数は195であった。ご存知かもしれないが、これは恐るべき優秀さを示す。
この時、マスローは驚きと共に納得した。これまで、誰と議論をしても、自分の方が正しいと感付いていたが、その理由が分かったからだ。

美しく成長しながらも、自分がアヒルだと思っていた白鳥が、自分の真の姿に驚くような経験は望ましいものであるが、その幸運は滅多に得られないと考えられている。
だが、そうではないのだ。これまで聞いたこともないような規模で経験できる可能性がある。

英語の“being”といえば、日本人であれば、beの現在分詞くらいの認識しかないと思う。これは名詞として「存在」「実在」「本質」「本体」という意味になる。
デカルトは「疑っている我は確かに存在する」とし、結局、確実なこと、この世の真理とはこれだけだと言ったが、コリン・ウィルソンは「疑っていようがいまいが、私は存在している」と言った。デカルトは科学者であったからそう言っただけであり、デカルトがそう言わなければ、ウィルソンにだって分からなかったはずだ。
結局のところ、私達に確信できる真理とは、「存在する」ことだけである。
だが、本当のことを言えば、「存在する」は、真理への扉である。真理は目に見えないし、心で感じることもできない。だから、突き詰めて考えれば、真理は存在しないことになる。
Supreme Being(至高の実在)は、英語では「神」となる。
「存在する」という扉を通りぬければ、それが神である。もちろん、宗教上の神ではなく、表現不可能な唯一の存在である。
表現不可能であるから、どのような書き方もできない。
こんな話がある。
生きている人間の自我は決して安定せず、いかに安定しているように見える人間でも、実は心は揺れ動いている。「不動心」など実際には有り得ない。なぜなら、心とは動き回るのがその本性だからだ。しかし、もし、自我を完全に配下に置くことに成功すれば、彼は超人である。
ある者が、師に「あなたは至高の実在である」と言われ、彼はその言葉を憶えた。それにより、努力することもなく、自我を配下に置き、それとの自己同一化を脱した。
それは突然に訪れる「爆発」であり、自分が白鳥など比較にならぬ存在だと知るあひるの子の驚きである。

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Comments

どうやればキミに好かれる?
もしくは、キミみたいな人に出会える?。

ちなみに僕、実は10歳・・。
素敵な人過ぎて惹かれた。自分を磨こう。
よし、がんばろう。。

Posted by: luna | 2007.03.19 at 12:10 PM

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