« なぜ流れ星に願いをかけるのか? | Main | その愛は本物か? »

2007.03.23

あなたはだあれ?

ある親愛なる方のサイトで、私は半分冗談で、「起きている時間の99パーセントは妄想している」と言ったのだが、考えてみればこれは間違いだ。限りなく100パーセントである。
仏教の教えに「妄想するなかれ」というものがあるらしいが、それは不可能だ。
では、どんな状態の時は妄想していると言えるのだろうか?
それは、自分とは関係なく世界が存在し、自分がその中にいると思っている状態である。

世界的ベストセラー「ソフィーの世界」で、ソフィーは「あなたは誰か?」「世界はどこからきたのか?」という手紙を受け取ったらしいが、答えは出たのだろうか?(私は読んでいない)

では、「あなたは誰?」、自分にとっては「私は誰?」なのであろう?
「私はモデルだ」「私は画家だ」「私は○○大学の学生だ」「私は○○の長女だ」などいろいろあるであろうが、これは本当だろうか?
よく、「作家の誰それさんが死亡しました」なんてニュースがあるが、死んでしまえば作家でも何でもない。学生や会社員も、退学になったりクビになればそうでなくなる。
誰かの子供であるということについては、それは単にそう信じているだけである。
「私は日本人だ」さらに「私は人間だ」はどうであろう?
日本が消滅したら日本人でなくなるし、地球の支配者がどこかの宇宙人になり、人間と猿の区別をやめて一律で猿と呼ぶことになれば、やはり我々は人間ではない。
究極的には、我々は誰でも何でもない。ただ何かであると思い込んでいるだけだが、その思い込みは幻想や妄想以上のものではない。こう言うと、「いや、私は絵を描いて食っている。これは妄想ではない」とか「私は教師として確固とした使命感を持っている」と言いたい者もいるかもしれない。では、画家をやめて夜警になって食えるかもしれないし、スリになっても使命感を持てることもあるだろう。

あえて「私は誰か?」に答えるならば、「私は何でもない。私はあれであるとかこれであるとかは言えない。ただ、私は存在する」になるだろう。
ところで、この「存在」を意味する“being”という歌があったので、CDを購入した。KOTOKOという女性アーチストの歌で、自分で作詞・作曲している。これは、人気小説・漫画・アニメ「灼眼のシャナ」の主題歌であるらしい。
で、この「灼眼のシャナ」という作品には、人の存在を灯に変えて食らう化け物が登場し、それに食らわれでもしたのか、悠二という少年にシャナが「あまえはもう存在していない」と言ったらしい。漫画もアニメも1度も見ていないので詳細は分らない。
とりあえずDVDを発注したが(笑)、我々は存在を失うことはできない。私というものについて唯一言えることは「存在する」だけであり、「存在しない」とは言えない。
肉体が滅んでも、別に霊のようなものではないが、やはり存在を失わない。これは精妙なものへの注意を怠らなければ理解は難しくはない。ただ、これを言葉で言う限りは、やはり幻想や妄想の一種でしかない。
世界は、心の幻想が作り出したものだ。私が世界の中にあるのではなく、世界が私の中にある。早い話が夢と変わらない。もっとも、普通の人にとっては、現実味のある牢獄である。

|

« なぜ流れ星に願いをかけるのか? | Main | その愛は本物か? »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/3170/14361666

Listed below are links to weblogs that reference あなたはだあれ?:

« なぜ流れ星に願いをかけるのか? | Main | その愛は本物か? »