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2007.02.11

方法叙説のすゝめ

書店の(最近はあまり行かないが)「啓発書」コーナーに行けば、「自己開発」だの「有能になる方法」だの「成功する習慣を身に付ける」だのといった膨大な数の本があるし、さらに新しい本が次々に出る。
良い本も1冊か2冊はひょっとしたらあるのかもしれないが、そんな本に当たる可能性は宝くじに当たるようなものだ。
人間としての能力を磨くのに、17世紀のルネ・デカルトの書いた「方法叙説」以上のものがあるとは思えない。
デカルト批判にもいろいろあるし、中には正当な批判もあるかもしれないが、私が目にした範囲においては、批判者の能力はデカルトの足元にも及ばず・・・というか、問題外であった。
近代思想におけるデカルト、精神分析学におけるフロイトというふうに、パイオニアというのは不利な立場にあるという面はある。彼らをまことしやかに批判する論理を作るのは難しくはないし、彼らが巨大であればこそ、それが売名になると心得る連中は多いだろう。
だが、真に賢い人の立場とは、例えばマスローのように「私の仕事はフロイトの深い意味の追求であった」といったように、実際的なことを誠実に行うものなのである。

「方法叙説」は短い本である。本の値段は中味の価値にはあまり関係ないと見え、養老孟司氏が30ページもの解説を書いたせいですっかり分厚くなった(笑)白水社のものでも680円だ。私が昔買った角川書店のものは180円だった(「方法序説」と表記。アマゾンでこの古本が75円で買える。ただ文字が非常に小さい)。
そして、難しいかといえば、デカルトは12歳の子供が読み通せるように書いたという(ただ、当時の12歳の学童は今の日本の大学生より知的であるかもしれない)。

義務教育や高校教育において、「方法叙説」が紹介されることはない。学校でそんな良いことが行われるはずがない(笑)。
私は養老孟司氏のような立派な人間ではないので、4~5回は読んだとは思うが、おそらく身に付いたのはせいぜいが数ページであったと思う。それでも、仕事嫌いでお馬鹿な上、引きこもりのニートであった私が(笑)、苦労することもなく楽に社会で生きているのは、方法叙説でものの考え方をほんの少し身に付けたおかげと思う。
現在の啓発書、成功法則、怪しい占い師や霊能力者(笑)の本は、自己を破壊しこそすれ何らの役にも立たない(私もかなり破壊された^^;)。学校教師の指導も全く同様と思う。
また、現在の日本は、どこの国によるものかは知らないが、日本人無能化作戦がかなり進んでしまっている(マジか?・・・マジです^^;)。方法叙説で、最低限の頭の使い方を修得することをお薦めする。

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