私だけが存在する
小学3年生の時と思うが、私は自分が意識を持っていることに気付いた。
それは最初、「意識空間」のような球体をしたものと感じたが、その大きさがどのくらいかというと、おそらくは無限で、少なくとも宇宙に匹敵すると思った。
そして、他の人も同じように意識空間を持っているのだろうかと考えたが、それは想像しにくかった。それ以降、他の人も意識を持つのかということは謎となったが、私は、多分それはないと思った。意識を持つのは私だけだ。
ニサルガダッタ・マハラジは、師に「あなただけが存在する」と言われ、それを信じた。そして、その言葉を覚えることで、短い間に覚者となったという。
他の者がいないなら、目に見える他者を虐げても良いのか?
実際は反対と思う。他者と見えるものは全て自己であるからだ。
別の言い方をするとこうなる。「私がいるから全てが起こる」
偶然に起こったことでも、自らの意思とするものが強者であり、神に近いといえる。これは、決して、「全ては神の思し召し」とすることとは違う。後者は神の選択を崇拝したが、前者は神の機会を崇拝するのである。
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Comments
深い、、、ディープだ、、、
Posted by: 華文字 | 2007.02.15 01:00 AM
私の人間性は、、、シリー(浅はか)だ、、、
Posted by: Kay | 2007.02.15 07:36 AM
。。かっこいい!。
Posted by: fox | 2007.02.15 07:40 AM
はい、クールです。
Posted by: Kay | 2007.02.15 09:48 PM