« 酒とカチューシャ | Main | 信じる者は救われる? »

2007.01.09

成人式

成人式の映像で、晴れ着や礼服を着た新成人が並んでいる様を見て、私が連想するのは、尊皇攘夷とかゲシュタボとか、北朝鮮でしかない。
そもそもが、成人式なんてものを本当にやるなんてこと自体、私には信じ難い。
もちろん、あらゆる儀式といったものは、支配者による庶民の思想統制(早い話が洗脳)であり、それが馬鹿げて映る私の感覚は安心して良いのかもしれないが。

「今後は大人としての自覚を持って」というのは、現時点では子供だと断言しているわけである。そして、それは実際にそうなのであるが、本当のことを言えば、成人式とか、成人という区分を設けることで、それまでに全く大人になれない若者を増やしているのである。
二十歳で大人らしくなければ、もう手遅れというものである。

例年のように、成人式の妨害で新成人の逮捕者が出るように、成人式とは若者の幼児化を助けているのである。逮捕者はごく一部であるが、そんなことがあるのは、新成人の全般的傾向がそうであるからである。いくら無法な連中とはいえ、場違いな場所で暴れたりしないものだ。それをやると、目立つ、受ける、カッコいいという雰囲気があるから、あえてやるのであるはずだ。期待されたことをやって何が悪いというものであろう。
もちろん、そんな連中を軽蔑する新成人も多いだろう。しかし、わがままを発揮する方向が違うだけかもしれないと思う。
ただ、成人式でスピーチをする知事とか議員とかいった連中の話に説得力がないことも、成人式が荒れる原因の1つであろう。
野球の人気選手、ダルビッシュ有投手が成人式に出席したが、ニュースの「いつもは騒然としている会場も、ことしはダルビッシュに注目して静かで・・・」には笑った。
ガキであることを再確認するための成人式に何の意味があるのか(笑)。

ただ、成人式を馬鹿にするかどうかは分からないが、あまりの違和感に出席しない新成人もかなりいるのである。
どっちが良いとは言わないが、二十歳になったら成人式に行くもんだと、何も疑わずにいい服を買ってもらって出かけていくのでなく、本当にこんなものが必要かと疑うくらいはして欲しい。何も考えずに無分別に受け入れることが大多数の人間の不幸なのである。

|

« 酒とカチューシャ | Main | 信じる者は救われる? »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 成人式:

« 酒とカチューシャ | Main | 信じる者は救われる? »