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2006.12.21

今後もいじめは増えると思える訳

私は、小学校時代、休み時間は一人で時間を持て余すような孤独症ではあったが、いじめにあった思い出はない。
また、クラスに、非常におとなしい女の子がいて、ほとんど喋らないし、私が休み時間に暇つぶしでもしようと誰もいない裏庭に行ったら、そこに一人でじっと立っていたのをよく見た。私を見ても無関心な様子だった。こんなに可愛いのに・・・(笑)
しかし、姉御的な女の子が、その子の面倒をかいがいしく見るようになり、やはりいじめられてはいなかった。
おとなしいというだけではいじめの対象にはならないのだろうか?
そして、常にいじめられていた子を二人憶えている。二人とも女の子だ。一人は、病原体ででもあるように扱われ、みな、彼女に接触しようとしなかった。ところが、彼女が明るいのである。今思えば、結構美人だった。あまり言いたくないが、私もいじめに加わっていた。そんな私にも、彼女は明るく接した。彼女は勉強はできなかった。だが、どういうわけか、何かの機会に、数百人の生徒を指揮する役が彼女に回ってきたことがある。そして、彼女は見事にそれをこなした。あんなことをいきなり出来る子は、今考えてもそうはいないと思う。その後、担任教師が皆の前で彼女にいやみを言った。「他の先生に言われたわよ。あの子、算数どのくらいできますかってね。私、恥ずかしくて何も言えなかったわ」と。それでも彼女は落ち込まず、教師を横目で睨んだ。
もう一人は、おとなしい子だった。やはりキタナイもののように扱われ、多くの子が、彼女から手渡しでモノを受け取るのを拒んだ。彼女は無表情だった。いくらいじめられても泣くこともなかった。彼女も勉強は全くできなかった。0点の試験を壁の彼女の手が届かない高さに貼られても、彼女はその前でただじっとしていた。

いじめられる子というのは、どこか変わっているということはあるらしい。
そして、いじめる子はその変わっていることを否定することで自分を保とうとするのかもしれない。いわゆる、変わっていることを許せないのである。自分にない個性が容認されたら、自分の身が危ういと思うのだろうか。あるいは、別に理由はなくても、弱い立場の者をいじめることで、いじめる集団の中で自分の立場を安定させたいとしているようにも思える。
つまり、いじめる方も不安で仕方なく、その不安を安直に解消する手段がいじめと思う。
自分に自信がある子がいじめに加わるのを見たことはない。
子供のことは複雑だが、大人でいじめを行う者も、やはり自分に自信がないことが特徴だ。つまり不安が心の中に渦巻いている。ところで、不安の原因は何であろう。多分、あさましい欲望と期待だ。執着なく、他人に期待しない者は他人を攻撃しない。
ところで、子供の場合は複雑と書いたが、親の影響が大きい。親が自分に自信がなく、不安で欲深いと子供に影響しないはずがない。欲深さの特徴は「損をしたくない」という態度に表れる。そして、今は損をしたくない者が多い。以前、ダスキンの経営理念を書いたことがあるが、それは「得な道と損な道があれば、自分に関しては損な道を取る」である。これが奇異な言葉と思われる間はいじめは、子供でも大人でもなくならないであろう。

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