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2006.12.31

見破ったぞ

世界が確たる存在であり、自分が生まれる前から在り、自分の死後も在ると思うのが普通かもしれない。
しかし、4つか5つの頃と思うが、私は世界が実際は存在しないことを見破った。
実に、世界は心が一瞬一瞬に作り出すものであり、過去、現在、未来という時間も実際は幻想と思う。

幼い頃、ふと何か(ドアノブとかいった何でもないもの)を見た時、思考を止めると、それが溶けるように消え去るのを感じた。しかし、心は断末魔から再び立ち上がり、その形を作り上げ、私にそれがあるように思わせようと必死になる。再び私は心を抹殺し、存在を消す。根競べである。私の心の奥底では「今、今・・・」という声がする。

これは、大切に思っているものを、火の中に投げ捨てるような瞬間に体験できる場合が多いと思う。その一瞬、心が死ぬからである。
あるいは、何か強い願いを諦めた瞬間にも空を体験する。昔から、願い事は諦めた瞬間に叶うという。ただし、本当に諦めた時であると思う。

この世が空であることを見破ったとて、心が完全に死んでいないと、世界は再び蘇る。そして、この世が空であることも忘れさせる。それは、悪夢に取り込まれながら、それが夢であることを忘れるようなものである。
心を殺すとは、冷淡になることではない。冷淡さは冷淡さという幻想を作る心の作用である。同じく優しい心というものはない。優しいという幻想ならある。心が死んだ時、真の意味で優しいのである。
心が死ねば、全ては思い通りになるのも確かだが、全てを思い通りにしようと思って心を殺そうとすると、より強い心に支配される。心は生物ではない。死んでも現れる。しかし、完全に自分を殺した相手とは関わりをもたない。
その時は、心が作り出す世界に苦しめられることはなく、ことによれば楽しむこともできるだろう。

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Comments

サルトルの『嘔吐』を思い出しました。
特にドアノブのようななんの変哲もないものが溶ける…のあたり。
サルトルは「すべては幻想」という考えはもってなかったようですが。

Posted by: maiko | 2006.12.31 at 09:46 PM

私は申し訳ないですが、サルトルの作品自体は読んだことがありません^^;
サルトルも私と似た体験をしたのかもしれませんが「嘔吐」というのは私とは違うようです。
サルトルは、メスカリンという覚醒剤を使ったようなことを聞いたことがありますが、その影響かなあと思ったりもします。
サルトルは、父親が早く死んだことを幸運と喜んでいましたが、小さい頃、使用人の女性に陰湿にいじめられたりとかもあり、成長してからも、案外、自我が安定していなかったように思います。
そんな精神のゆらぎを鋭く洞察したところが天才なのかもしれません。
サルトルの時代、今のように大量の情報をたやすく手に入れることができなかったことは、果たして不幸だったか、案外、良いことだったのだろうかと考えることはあります。

Posted by: Kay | 2007.01.01 at 02:26 PM

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