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2006.12.08

木綿のハンカチーフ

「木綿のハンカチーフ」という古い歌をご存知の方も多いと思う。
都会に出た青年が、故郷に残した恋人を最初は思い続けるが、やがて忘れていくというものだ。最後に、その恋人だった女性は木綿のハンカチーフを青年にねだる。それで涙をふくだけで身を引きたいという、なんともいじらしいものである。
まあ、いまどきであれば、この女性の立場なら「そう。仕方ないわね。いいわ、好きにしなさいよ。でも、アンタも心苦しいところはあるでしょうから、ヴィトンのバッグ1つでも買ってよ。それでお・わ・り」となると思う(笑)。

ところで、この歌では、女性の方が一方的に忘れられ、彼の方はそれなりにハッピーといった感じである。理不尽と感じる向きもあろう。彼に、忘れられる者の苦しみを教えたくはないだろうか?(笑)
そこで、この歌が登場したのと同じ時期に描かれたのは偶然か、現在でも十分に入手可能な、あしべゆうほさんの漫画「悪魔(デイモス)の花嫁」(池田悦子原作)の中に、この歌と同じ状況のお話があった。
地方の村に住むまだ子供の仲の良い男女がいた。その男の子が女の子に、自分は将来歌手になるつもりで、成功したらお前をお嫁さんにもらうと言う。女の子の方も彼が好きで、歌手になることが実現するかどうかは分からないが、お嫁さんのことは嬉しく思う。
彼は中学校を卒業すると早速東京に出るが、最初は歌手どころではなく、食べるために工場で働くが、最初は彼女に、その辛さなどを手紙に書いて送る。やがて、才能があった彼はオーディションにも受かり、スカウトの目にも留まり、歌手への道が開かれる。
そして、彼は成功し、人気歌手となる。しかし、彼女への手紙は途切れる。まあ、そんなものだ(笑)。
思い余り、彼女は、彼に逢いに行く。サイン会の会場で他のファンと一緒に並び、彼の前に来た時、「あたしよ!」と言う。しかし、彼は彼女に気付きもしない。
落胆し、田舎に帰った彼女は、心が萎えたことから病気になり死んでしまう。
それを不憫に思った彼女の祖母が、デイモス(悪魔)に復讐を頼む。彼に忘れられるものの苦しみを味あわせて欲しいと言う。
彼は交通事故に遭い、頭を打って記憶を亡くす。それで、歌手を引退し、再び工場労働者になる。だが、実は彼は記憶を取り戻していた。それでも彼はそれを隠した。ついこの間まで、自分に声援を送り熱狂したファンが誰も自分を憶えていない現実に耐えるには、記憶喪失を装い続けるしかなかった。彼は、忘れられる苦しみを味わった。
このお話にはオチがある。デイモスに復讐を依頼した祖母は、ことが成った時、デイモスに「約束通り、私の魂を持っていけ」と言うが、デイモスは「そのうちにな。ただし、私が忘れなければ」と言って去る。デイモスは決して「良い悪魔」ではない(笑)。デイモスはこの祖母の復讐を利用し、絶世の美少女、美奈子(女子中学生)に脅しをかけたのだ。「美奈子よ。今は美しいお前もやがて老いる。そうなれば、誰もお前を憶えていない。私の花嫁になれ」である。いやはや、悪魔の口説きはなかなか手が込んでいる(笑)。

最近はそうでもないと思うが、昔はアイドルは使い捨てだった。売れる見込みもないアイドル歌手が次々デビューし、数ヶ月でそのほぼ全てが消えていった。
今では、モーニング娘であれば中学生でも父親を超える収入を得ているが、昔はトップアイドルでも、お小遣い程度(月5万円ならいい方)で、寝る間もないくらいこき使われた。
それでもがんばって、テレビの歌番組やドラマに出演し、コンサートでは沢山のファンが来てくれ、ファンクラブもでき、沢山の入会者ができたとしても、後から新しい人気者が出れば、落ちるのも早い。きのうまで良い会場でコンサートをしていたのが、再びスーパーマーケットで歌うようになり、数人でがんばってくれていたファンクラブも解散する。
あのアグネス・チャンも、売れなくなった時は毎日スーパーで野菜相手に歌って涙を流したこともあるらしい(プロダクションのいやがらせという説もある)。
スポーツの世界でも、病気やケガでプレイできなくなると、余程の選手でない限りクビになる。厳しいものである。
だが、サン・ミュージック社長の相沢秀禎氏の「松田聖子のバランスシート」という本で読んだが、相沢社長は、スターを決してモノ扱いしないと言う。「水戸黄門」の飛猿役で有名な野村将希さんは、1970年に歌手デビューするも、デビュー曲がヒットしただけで後はさっぱりだったが、相沢社長は見捨てず、アメリカにミュージカルの勉強に行かせたとあった。そして成功したが、野村将希さんは、いまでもサン・ミュージック所属である。

相沢社長は書いていたが、人間にはモノと違って心がある。その心をないがしろにしては、やはりうまくいかないのではないかと思う。
野球の読売巨人軍がこれほど落ちぶれたのも、原因がそこにありはしないかと思う。清原や桑田がいらないというなら、それは仕方ない。しかし、功労者たる彼らの心を踏みにじったような扱いはやはり人の道に外れているし、そんな球団が成功するはずがない。

「木綿のハンカチーフ」で、故郷の元恋人を忘れた男も、彼女への愛情がなくなること自体は仕方ないと思う。問題は、元恋人に何らかの心遣いを見せたかどうかだ。歌ではそこまでは書かれていなかったが、彼の運命もそこで決まるように思う。
・・・と、真面目な話だけでは面白くない(笑)。
私は、最後に木綿のハンカチーフをねだった彼女に恐ろしいものを実際は感じた^^;
なんというあてつけがましさ!!
それに、自分からは彼のところに行かずに故郷で待ち続ける怠慢さ!!
それなら、現代流に、ヴィトンのバッグかシャネルのネックレスで手を打つ女性の方が良いかもしれない。彼も、そんな彼女の本性を見抜いていたのかもしれない(う~ん・・・)。

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