見破ったぞ
世界が確たる存在であり、自分が生まれる前から在り、自分の死後も在ると思うのが普通かもしれない。
しかし、4つか5つの頃と思うが、私は世界が実際は存在しないことを見破った。
実に、世界は心が一瞬一瞬に作り出すものであり、過去、現在、未来という時間も実際は幻想と思う。
幼い頃、ふと何か(ドアノブとかいった何でもないもの)を見た時、思考を止めると、それが溶けるように消え去るのを感じた。しかし、心は断末魔から再び立ち上がり、その形を作り上げ、私にそれがあるように思わせようと必死になる。再び私は心を抹殺し、存在を消す。根競べである。私の心の奥底では「今、今・・・」という声がする。
これは、大切に思っているものを、火の中に投げ捨てるような瞬間に体験できる場合が多いと思う。その一瞬、心が死ぬからである。
あるいは、何か強い願いを諦めた瞬間にも空を体験する。昔から、願い事は諦めた瞬間に叶うという。ただし、本当に諦めた時であると思う。
この世が空であることを見破ったとて、心が完全に死んでいないと、世界は再び蘇る。そして、この世が空であることも忘れさせる。それは、悪夢に取り込まれながら、それが夢であることを忘れるようなものである。
心を殺すとは、冷淡になることではない。冷淡さは冷淡さという幻想を作る心の作用である。同じく優しい心というものはない。優しいという幻想ならある。心が死んだ時、真の意味で優しいのである。
心が死ねば、全ては思い通りになるのも確かだが、全てを思い通りにしようと思って心を殺そうとすると、より強い心に支配される。心は生物ではない。死んでも現れる。しかし、完全に自分を殺した相手とは関わりをもたない。
その時は、心が作り出す世界に苦しめられることはなく、ことによれば楽しむこともできるだろう。













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