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2006.10.19

マスローと萌えと芸術

イエスは人はパンのみで生きるにあらずと説いたが、パンを得られない状況にある者はパンを求めるのである。
まさか、イエスの言う通り、誰でも超能力でパンを出現させることができるわけでもない。
パンを安定的に得られるようになって初めて、より高い欲求を持つのである。

これは、著名な心理学者マスローの欲求階層説が当てはまる。欲求階層説とは、低レベルの欲求が満たされて後に、高い欲求に進むということである。
慈善とか博愛、犠牲的精神などはかなり上位の欲求となる。どれ程を望むかは人それぞれであるが、自分の生存がピンチにある人間が、他者に尽くすというのはあまり有り得ない。
また、社会的な落伍者が聖人気取りで他者に奉仕しようとしても、かえって迷惑な場合が多い。彼らには、意識的あるいは無意識的に、邪心や下心がある場合が多いからである。

ここで「萌え」について考える。
「萌え」とはバーチャル恋愛である。アニメの美少女キャラを恋人として扱うのであるが、これも恋愛という欲求レベルを満足していないので、より上位にある、相手の人間性を対象とした愛というものに進まないと考えることができる。
なぜなら、オタクでなくても、ごく若い時には可愛い少女やカッコいい男の子に萌えるものであり、そこで適切な相手との恋愛を行って満足すれば、外見や若さにこだわらなくなるものであるからだ。

これについては異論があり、萌えるオタクは、現実の女性や少女に自己の理想を投影することができず、理想化した恋愛対象を求めるというものである。
実際は、萌えオタクの大半においては、萌えは単にモテない補償であろうが、そのような場合もあるのではないかと思う。その違いはというと、普段の行いを見れば一目瞭然と思う。信念あるオタクであれば、自己を向上させるためにかなりの努力を行っているものであると思う。特に知的な面で顕著であると思う。
ただ問題は、たとえ純粋な愛を求める信念あるオタクであったとしても、その欲求レベルはほとんど満足されないまま生涯を終える可能性があることだ。
フロイトであれば、「萌え」は、幼少時の母親との関係に原因を置くであろうが、マスローでは必ずしもそうではない。「萌え」を誘発する因子がその人間の中にあると考えられると思う。
この難しい欲求を持った者が自己実現するには芸術の道以外に、あまり良いものが浮かばない。ゲーテもダンテも萌え因子を持っていたと思うが、彼らは限りない高みに昇った。
いろいろ考えるに、純粋な萌えタイプの欲求階層はやや標準とは違う点もあり、ある意味、特別な人間ではないかと思う。

20061019

ラクガキが楽しくなってきました^^;

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