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2006.10.13

気合とは

「気合」と言ったら、どうも、アニマル浜口さんを思い出すようになってしまった(笑)。
人間にとっての気合の重要さは疑わないが、ああいう風に「気合だ!気合だ!」とパターン化したものは、もはやただの遊びである。
いや、あれは、タレントとしてのアニマル浜口さんのツールであって、細木数子さんの「ズバリ言っちゃうわよ」と何ら変わりない。
「気合だ!気合だ!」と言って気合がでるものではない。

アニマル浜口さんに因んでプロレスラーの例で言うなら、良い話がある。
マサ斉藤さんという、主にアメリカで活躍していた強豪レスラーがいたが、彼が雑誌のインタビューで、ケンカ必勝の極意についてこう言ってたことがある(試合必勝ではないことに注意)。
「相手を本気でぶっ殺してやると思い切れたら、どんなヤツが相手でも、まず負けることはない」
なんとも物騒な話だが、宮本武蔵の「神に逢えば神を切り、仏に出逢えば仏を切る」にも通じそうな気合溢れるものと思う。
少なくとも、弱い者を殺したり切ったりはすまい。

「ゴッドハンド」と呼ばれた不世出の空手家、大山倍達さん(故人)も、ケンカ必勝についてこう言ったことがあるらしい。
「先に命を捨てた方が必ず勝ちます。ケンカでも」

気合とは、精神を目的の対象に注ぎ込むこと・・・一般的にいうなら集中であるが、積極的な集中である。普段は、精神は受容状態であり、この状態が続くと精神の倦怠が起こる。ほとんどの人間が、この倦怠状態にあり、何か面白いことが起こらないかと思って退屈している。
しかし、幼い時は、精神を積極的にものごとに注ぎ込むので、なんでも面白いのだ。
アニマル浜口さんの「気合だ!」は、受容状態になった精神を逆転させ、こちらから注ぎ込めばいいんだと言うことを思い出させるキーワードであったはずだが、テレビで見るように、笑いながら、指で「気合だ」と言った数を数えだすようになったら、もはや効果はない。

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