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2006.10.21

超人の哲学

「すべては神の思し召しのまま」という言葉がある。
人知では理解できなくても、全ては正しき神の思し召しであるので、いかなる出来事も良いものとする考え方である。
ところが、W.B.イェイツが書いたらしい謎のような文書の中に、これとはっきり異なる宗教哲学があるが、これが実に興味深い。
※私は、渡辺久義氏の「イェイツ」(あぽりん社)で読んだ。
この世の全ては、チャンスとチョイスに別れ、これ以外には存在しないとする。チャンスは「偶然」で、チョイスは「自由意志」である。
全ては神の思し召しとして受け入れるのは、神のチョイスを崇拝することである。
しかし、その文書に書かれたアラブ人は、神のチャンスを崇拝することに一生を捧げた。
神のチョイスを崇拝することはまだ易しい。しかし、神のチャンスの広大無辺さを理解した時、神に最も近付くという。
私は、これだけで万巻の哲学書に優ると思った。
渡辺氏も、これはニーチェのツァラトゥストラのような超人の宗教であると書かれていたが、その通りと思う。そもそも、人間は、これを知る者とそうでない者に分かれるとすら思える。
いかなる偶然-宇宙大自然の偶然-も、神の意思ではなく自分の意思とすることである。このことによって神に近付くのである。

20061021

テーマは「聖女」。ラクガキも、グラフティーと言えばカッコいい(笑)。
尚、graffitiをgraffitoと、最後をoに換えれば、古代人の描いた絵や、便所のラキガキになるらしい。池田満寿夫さんは、著書に、自分の絵は便所のラクガキと書かれていたのを思い出す。

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