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2006.10.15

戦争と芸術

科学技術の進歩が、軍事目的の研究から生まれたものであることは間違いないと思う。
第2次世界大戦時の欧米での科学技術の進歩は恐るべきものがあったし、現在の最先端のテクノロジの原型も、ほぼこの時代に存在していた。
また、医学の進化というものが、生体実験を行える環境の中で飛躍的に行われたものであることも否めないかもしれない。

これらのことが良いとか悪いとかではなく(当然、良くはないが)、これらのことに人間の根本的性質を見ることができる。
人間は、切羽詰らないとやる気にならないし、何事も実地が最も効果的ということと思う。

では、なぜ戦争がそんなに「切羽詰った」ことであるかである。人間は、所詮個人的利益に関わらないと、さほどに切羽詰まらない。では、戦争が、なぜ個人にとって「切羽詰る」ものであるかである。
1つには、戦争ほどの巨大な利益を生むものはないことがある。表面的な収支で言うなら、必ずしも国家にとって、短期間での利益はないかもしれないが、戦争は複雑である。その複雑さを制する面白さも知性の優れた人間にとっては大きなやりがいかもしれない。
もう1つは、戦争のもたらす興奮である。そこには限りない恐怖や悲惨があるが、これが人間の精神を最大に覚醒させる。
ある著名な思想家が、戦争勃発の可能性が上がった際、「いっそ戦争の恐怖によって人間性の堕落をもたらす精神の倦怠を抜け出せるならそれもよい」と思ったようだが、いざ戦争が始めると悟る。「人間精神の倦怠を阻止するだけの恐怖が戦争にすらない」

人間は、平穏な日常を送り続けると、倦怠による絶滅を避けるために戦争を必要とするものである可能性はあると思う。
単に、経済的、治安的に安全であるだけでは平和は続かない。
仲の良い恋人や夫婦が倦怠期を避けられず、スパイスみたいなものが必要と感じるようなものに似ているのかもしれない。
芸術の役割はそこにある。成功したかどうかは分からないが、芸術は精神の覚醒のためにある。宗教も本来はそうであったが、権威主義がはびこったため、その役割はほとんど果たせなくなった。しかし、芸術も十分にその危機にある。

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