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2006.09.22

もう一人の自分

この世のあらゆるものに光と影があるように、我々自身の中にも対立するような2つの存在があると感じる。
それは、昔から深い洞察力のある者によって様々に語られてきたが、それらは微妙にニュアンスも異なる場合もある。それだけ人間は複雑で神秘的なのだろうが、それぞれの表現の中に人間存在の不思議な本質があるように思う。

1900年に米国サクセス・マガジン誌で発表された作者不詳の不思議な物語「マジックストーリー」に、ある男の前に現れた彼そっくりな不思議な男がこう言う。
「ぼくはかつてのきみ。もう一方の存在のためにきみが追い払ってしまった存在だ」

アニメ「レイアース」(「魔法騎士レイアース」の別ストーリーアニメ)で、イーグルという精霊の男が、「姉」であるエメロード姫に言う。
「私はあなたが忌み嫌い捨て去った影。その私を受け入れようと言うのですか?」
「もうあなただけを苦しませたりはしません。喜びも悲しみも、全ては共にあるべきだったのです」

アラン・ドロンが主演して映画にもなったエドガー・アラン・ポーの「ウィリアム・ウィルソン」の最後で、もう一人のウィルソンのセリフまた凄かった。
「君は勝った。僕は降参する。だが、こののちは、君もまた死んだのだ・・・この世に対し、天国に対し、また希望に対して死んだのだ!僕の中に君は生きていたのだ・・・だから、僕が死んで、君自身であるこの僕の姿によって、よく見たまえ。君がいかに完全に君自身を殺してしまったかを。」
(旺文社文庫「黒猫・黄金虫」より)

My little loverの大ヒット曲「Hello,again」の詩の中の「君」は、別れた恋人である女の子のことだと解釈するのが普通のようだが、何か不可思議な存在のようにも感じる。それは考え過ぎだろうか?

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