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2006.09.27

「絵が描ける」とは?

絵が描けるとはどういうことであろうか?
「ピアノが弾ける」「社交ダンスが踊れる」「空手ができる」というのとは異なると思える。
絵が描けない人間など存在しない。
ピアノであれば、デタラメに鍵盤を叩いても「ピアノを弾いた」とは言えないが、どんなに下手であっても本人が絵として描いたなら、それは絵である。
その描かれた絵に「上手い下手」「美醜」「独創性」など様々な評価が付くが、その1つを持って絵の絶対的価値とはできない。一般には、その絵が上手いか下手かを大きな価値判断とする傾向がある。その上手いとは写実であったり、ある種の技巧に熟練していることを指すが、それはイラストレーターなどには必須のようなものであろうが、しかし、絵の価値の絶対条件ではない。
絵としては下手と言えるかもしれなくても芸術的価値を認められるものもあるが、その芸術的価値とて絶対のものではない。ゴッホの絵はゴッホの在命中には1枚も売れなかったが、現在は非常に高価である。しかし、それをもって、一概に、ゴッホの絵にもともと普遍的価値があったと言えるわけでもない。
そもそもが、絵に価値を考える必要が必ずしもあるわけではない。

いろいろ考えてみれば、絵を描くということは人間の行為の中でも非常にユニークであると思われてくるし、そこに絵というものの意味があるように思う。
これを独自の判断で「絵はこうあるべき」「こう描くべき」と強制する輩がいる。絵の専門教育を受けた者に多そうに思えるが、その者とて、自分ではいかに自分の絵の腕前に価値があると思い込んでいても、それは極めて一面的なものである。そして、自分のやり方に囚われて視野が狭くなっていることは傍目には分かるが、本人が全く自覚していないというのをよく見る。

独自の絵の価値判断を持っていることもある。ある年齢になれば、ある程度の世間的な価値判断も併せ持つことが好ましいが、特に子供の時に、独自の価値判断を否定されると、自分を信じられなくなる恐れがある。
学校美術では、描いた絵に価値判断が付けられ、小さい子供のクラスでは2重丸とか3重丸とかが付けられる。なんとも恐ろしいことではあるまいか?

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Comments

そうですね。絵の価値って何でしょうね?
今の私は、何の制約も無く勝手に描きたいように描いています。子供のころのお絵かきの気分です。本当に幸せです。自己満足かもしれませんが、自分でうまく描けたと思うときは最高に幸せです。
まあ、展覧会にでも出すようになったら邪心が出てくるかしら?そうしたら考えが変わるかもしれません。

Posted by: | 2006.09.27 at 07:57 AM

私さん(でよろしいのでしょうか)、コメントありがとうございます。
絵を描くことが幸せであるとは良いことですね。本来、絵を描くのは楽しいことであると思いますが、非常に抵抗や違和感を持っている人が多いですからね。
展覧会ですか?いまや、インターネットが常設の展覧会のようなものですが、やはり原画を直接見ていただくというのは良いものでしょうね。賞とかもあるかもしれませんしね。素敵な絵を描かれますね。幸せな雰囲気が伝わってくるようです。

Posted by: Kay | 2006.09.28 at 07:11 AM

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