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2006.09.08

シンクロニシティとセレンディピティ

「シンクロニシティー」という言葉をご存知の方も多いと思う。「共時性」と訳されるもので、心理学者のカール・グスタフ・ユングによって提唱された概念である。これは、単なる偶然に見えるものに我々の知りえないような何らかの原因が働いている場合があるというもので、簡単な言葉で言えば「意味のある偶然の一致」となる。
この思想は、科学的とは言えないと思うが、意外にも一般に広く浸透している可能性を感じる。漫画家のCLAMPさんが、多くの作品の中で、賢者と呼ばれる資格のある登場人物に「この世に偶然はない。あるのは必然のみ」と言わせるのも、これと無関係ではあるまい。
平原綾香さんの大ヒット曲「Jupiter」でも、「愛を学ぶために孤独があるなら、意味のないことなど起こりはしない」という部分の歌詞もそうだと思う。
(もっとも、こういった思想はかなりの大昔きあらあり、ユングがその影響を受けたのかもしれない)

似た雰囲気の言葉に、「セレンディピティー」というものがある。
こちらは、「偶然に訪れる幸運」とか「偶然に掘り出し物を見つける才能」とかいうものだ。およそ科学上の大発見というものは、大なり小なりセレンディピティーの助けがあったと言えるらしい。つまり、いかに努力しても、何らかの幸運がなければそれらの業績はありえなかった場合が圧倒的であるということである。

こう言われたら、誰しも不思議な偶然を体験した例の1つや2つは思い浮かぶと思う。
私の例でいえば、それぞれに面識のない友人二人を誘って食事に行った際、たまたま彼らの住んでいるマンションの部屋番号の話になったが、それが同じ番号であったことがある。
また、以前にも書いたが、たまたま、テーブルの上に3冊の本「至高体験」「神秘のバラ」「美少女戦士セーラームーン10巻」を置いていたが、「至高体験」の序文に、著者によるイェイツの詩集の引用を許可してくれた英国マクミラン社への謝辞があり、「セーラームーン」では、ほたる(セーラーサターン)がイェイツの詩を暗唱するシーンがあった。そして、「神秘の薔薇」はイェイツの作品である。私はなんらの意図もなく、この3冊を積み上げていたのだった。

まあ、誰しも、思い当たることは少なくとも10年毎に1つや2つは必ずあると思うが、その印象が割に強烈なので「この世に偶然はない。あるのは必然だけ」という言葉を使う漫画や小説を面白く感じたり、オカルト屋に騙されたりするのである(笑)。

こういうことは言えると思う。
成功するには、幸運な偶然が必要なことはかなり多い。しかし、そんな偶然はかなり訪れているのである。しかし、それが幸運となるには、準備が必要であるということである。その準備とは、日頃の努力であったり、常に寛容な心で他人に接していることである。というのは、幸運というのは、人によって運ばれてくることが多いからだ。
栗山天心さんという人が面白い言葉を本に書いていた。「タナがなければボタモチ落ちず」と。「タナボタ」といえば、いかにも自分は何もせずに幸運を享受するような感じがするが、タナだけは用意しないといけないのだと指摘する。同じく、「歩かぬ犬は棒にも当たらぬ」と書いていた。犬のようにただ歩けば何か(幸運)に当たるかもしれないが、せめて歩かないとどうにもならないという意味であり、人間でいうなら、やはり何か最低限の努力はしろということになると思う。

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