« 「絵が描ける」とは? | Main | テレビCMと国民性 »

2006.09.28

貧困

日本では、「貧困」というものを見ることがなくなってきました。少なくとも、餓死なんてことがあればニュースになるほどです。しかし、世界人口の4分の1が戦時下で暮らし、7割が電話をかけたことすらないことからも、極貧などいくらでも存在することが分かります。日本に生まれたこと自体が奇跡的な幸運と言って間違いないと思います。

数年前、都市の駅の周辺で、ダンボールの中で寝ている多くの人たちを見ましたが、みんないい服を着ていて、新しい文庫本を読んでいる人もいました。食事なんかは、ボランティアがお弁当を配ってくれるらしいです。
このような人たちが全部そうではないかもしれませんが、悲壮な雰囲気はほとんど感じなかったですね。

昔の人気漫画・アニメであり、現在でも有名な「タイガーマスク」「巨人の星」「あしたのジョー」は、主人公がいずれも貧困であり、「巨人の星」を除いて孤児でしたが、現在では、なかなか理解しにくいものであると思います。
ひょっとしたら、アンデルセンの「マッチ売りの少女」を読んでも、その状況がさっぱり把握できず、「なぜこの子は寒いのにコートを着ていないのか?」「そもそも、なんで子供が働いているのか?」と尋ねる子供もいるかもしれません。

私は最近、古い映画や漫画の復刻版を買って見ることが時々あるのですが、最近買ったものに、昔のタイの少年の状況を描いているものがありました。
両親が靴を履いているのを見たことがなく、雨の日は、家でシャワーを浴びる日だと思い込んで育ったようです(家に屋根がなかった)。
今でもそうでしょうが、タイでは国技であるムエタイ(タイ式ボクシング。日本ではキックボクシング)がさかんで、当時は庶民が成功する数少ない手段が、一流のムエタイの選手になることでした。この少年の父親は、昔3流のムエタイ選手でしたが、息子は1流にしようと、5歳から猛特訓を開始します。しかし、少年が14歳の時、スパーリング中に父親は少年のキックを受けて寝たきりとなり、半年後に死亡。親殺しとなった少年はムエタイを憎むが、他にできることもなくムエタイの選手になり、強いのだがあまりに狂暴で対戦者がいなくなるという始末でした。

貧困が良いはずがありませんが、オルコットの「若草物語」で、4姉妹の母親が言っていたように「足りない目なのが良い」のではないかと思うこともあります。
少なくとも、一般に行われているように、子供に必要以上のものを与えてはいけないと思います。自分の力で得たわけでもないものを自慢することを憶えたら、もう人間として堕落していると言えますし、矯正は大変に難しいですね。
良い大学に入る目的の大半が、待遇の良い会社に入ることだと思いますが、最初から優良企業に入ったり公務員にでもなれば、世の中の大半を知ることなく人生を過ごすこととなりかねず、それが豊かな人生となるとはあまり思えません。
学歴がないと、自分ですら、自分の能力を信じない傾向があり、これも意図的な洗脳ではあるのですが、社会に出たスタート地点では、誰もが能力なんてありませんので、それに見合った生活や待遇が望ましいものであると思いますが、そうであることは案外に幸運なことかもしれません。

|

« 「絵が描ける」とは? | Main | テレビCMと国民性 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 貧困:

« 「絵が描ける」とは? | Main | テレビCMと国民性 »