« 纏わりつく幻想の鎖 | Main | 芸術と猥褻の目的の違い »

2006.08.19

「失敗は成功のもと」の意外な意味

「失敗は成功のもと」と言う。失敗をすることで、能力不足を悟って訓練に励んだり、創意工夫の必要を感じてこれを行い、また、特に失敗の屈辱と共に身に付く経験を得て実力アップすることで成功が近付くというものである。
失敗しない限り、これらのうちの多くはなかなか出来ないし、特に身にしみるような経験は失敗によって得るしかない。
成功した人は例外なく、普通の人よりはるかに多くの失敗を経験しているはずであるし、逆に言えば、失敗せずに成功することはない。
これらのことから、挑戦を奨励する言葉として「失敗を恐れていては成功しない」という、よりアグレッスブな言葉が好まれる場合も多い。

上に書いたことは、いわば常識である。ただし、現在は、この常識が通用せず、痛い目に遭わずに成功しようとしたり、最初から挑戦をしない傾向が強いらしい。その典型がニートであるかもしれない。

ところで・・・
いかに失敗が成功のために必要とはいえ、会社の中で、いくつかの数字を電卓で足すだけの仕事で計算間違いをするような失敗が成功のもとになることはない。
ただ、こんなものにも成功のヒントがあるというのは意外な話と思う。
こういった簡単な業務を繰り返し失敗するということは、早い話が、本人はその仕事が嫌なのである。もちろん、働くこと自体が嫌といった不真面目な態度がよろしくないのは当然だが、本人としては真面目にやっているのに、そんな簡単な失敗が何度もあるなら、仕事を替えてもらうか、辞めた方が良い。できれば、上司が気を付けていて、仕事を替えてやることが可能なら一番良い。これは、会社のためであり、本人のためでもある。

学校で、忘れ物の多い子供というのはいる。教科書を忘れたり、ドリルを忘れたり、鉛筆を忘れたり・・・と、とにかくよく忘れる。こんな子は間違いなく学校嫌いである。授業が嫌いであったり、教師が嫌いであったりといろいろあるが、いずれにせよ、放っておいてはいけない。また、忘れ物をとがめるだけで、教師と親がそのことでよってたかって叱責しても百害あって一利なしなのは明らかである。
学校でものを失くす癖のある子も同様である。
これらのことは、学校では子供の怠惰やしつけの不足であるとされる。そして、間違った指導がなされ、子供はスポイルされる。これは、大人の事例として説明すれば分かりやすいと思う。新婚旅行中に、妻が結婚指輪を失くすということが起こることがある。このカップルはまもなく離婚する。これは、妻の方がそもそも結婚を不本意と思っているからで、指輪の紛失を咎めても何の意味もない。最初から結婚すべきではなかったのだ。
ある研究職の男性は、自分の結婚式の日、それをすっかり忘れ、職場の研究室に行ってしまった。後でそれに気付いたその賢明な男性は結婚をやめた。彼は幸福な一生を送った。

会社勤めの方で、やたら定期券をどこに置いたか忘れたり、社章を紛失したりという方はいないだろうか?これも会社が嫌いなことが原因で、さっさと辞めた方が良い。ある会社でそんな社員がいたが、その上司は優秀だった。彼に仕事をさせず、ぶらぶらさせたのだ。彼はたちまち恐るべき優秀さを発揮し、稀に見る人材になったが、会社は彼の独自なスタイルを認めなかったので、彼は再び定期券を失くす社員に逆戻りした。しかし彼は、良い条件で転職した。もちろん、彼に見るべきところがあることを、その上司が見抜いたのであり、ただ会社嫌いなだけでもいけないが、やはり、紛失癖等は見逃してはならない。

以上は、フロイト心理学を基にしている。信じるも信じないも自由だが、私は失敗癖や紛失癖を無意識に利用したため、およそ何をやってもうまくいった。
興味があれば、フロイトの「精神分析学入門」を読めば、最初のあたりにこれらの説明があるが、クロデック(フロイトにエスの概念を与えたドイツの医師。心身医学の父と呼ばれる)の「エスの本」を同時に学べば更に面白いと思う。クロデックによると、失敗したり忘れたり失くしたりは、間違いなくエスの仕業である。

|

« 纏わりつく幻想の鎖 | Main | 芸術と猥褻の目的の違い »

Comments

kayさん こんにちは。岸田語録から以下転載

失敗は失敗の元 出典 BBS

失敗は自分に原因とか責任がある場合を指すので、そうでなければ、それは失敗ではなく、不運とか被害とかでしょうね。
自分に責任がある失敗をして、それを成功の元にするためには、自分の責任を徹底的に追求して、従来の自我構造を改革しなければなりませんが(そうできれば、失敗の連鎖を断ち切れると思いますが)、
そのようなことはなかなか難しく面倒なので、やはり不運とか被害ということにしておいたほうが楽で、その上、失敗を失敗でないと正当化すると後悔しないですむし、
そうすると必然的に、同じような失敗をもっとひどい形で繰り返すことになりますよね。従って、現実問題として、失敗は成功の元になるより、さらなる失敗の元になる確率がはるかに高いわけですね。

Posted by: id | 2006.08.19 at 12:01 PM

idさん、こんにちは。
岸田先生の本で読んだ覚えがありますが、あまりよく憶えている部分ではありません。
改めて聞かせていただき、思い出したのは、ヴァーノン・ハワードの言葉、
「我々は何をしても良いが、ただ1つ、言い訳だけは許されない」
というものです。
真に優れた人は、自分の責任でない失敗でも、決して言い訳しないものですね。
自我構造を変えることが、失敗の連鎖を断ち切る、すなわち成功の方法とすれば、是非、失敗をそのために活用したいものですね。ただ、岸田先生も言われる通り、普通は絶対にそうはしないものですね。
世の中の、例えばセミナーを商売にしている人でも、そのような真に大切なことは絶対に言いません。すなわち、セミナーに行って良いことは1つもないということが分かりますね。

Posted by: Kay | 2006.08.19 at 11:54 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/3170/11491321

Listed below are links to weblogs that reference 「失敗は成功のもと」の意外な意味:

« 纏わりつく幻想の鎖 | Main | 芸術と猥褻の目的の違い »