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2006.08.04

池田満寿夫

池田満寿夫はお好きだろうか?
私は、彼の作品そのものはいまひとつ分からないのだが、彼の著書を読むうちに彼そのもののファンになった。実はこれと全く同じことを池田満寿夫に手紙で書いた女子高生がいて、「アトリエに見学に行っていいですか?」と書かれていたらしいが、池田は返事を出さなかったらしい。理由は「恥ずかしかった」からとか。
池田は、芥川賞作家でもあるのだから、文章は面白くて当然ともいえるが、意図的に面白く書いているようにも思えない。ただ、あまりに正直で飾らずに自分のことを書くことが、時には誤解を受けて当然に思えるほどでありながら、その無防備振りがなんとも爽快である。
池田は、高校生の頃はパリに憧れたらしい。しかしそれは、毎日サンマと大根降ろしを食わされていれば・・・といった意味もあり、多分に幻想的な憧れであるが、現在、パリの人々よりいいものを食っている日本の少年少女がパリやフィレンチェに憧れるのも幻想であろう。この情報化・異文化交流で世界が均質化している時代に、ことさら外国に憧れることの愚かさは1950年代にすでに岡本太郎が言っている。しかし、池田の家があった町には、ろくに書店もなかったのだった。
池田はモディリアーニを好きだというが、それは高校生の時に読んだ、モディリアーニを素材とした、伝記風の三文小説を読んだせいと告白する。本人も書いている通り、誤解や思い込みによって作られた憧れではあるが、いかにも人間らしいことで微笑ましくもある。

池田満寿夫も美術教本を書いている。
偉い画家になってくると、単に自己満足で絵の描き方をいかめしく断定的に語る「先生」が多い中で、池田は「こういう風に描かないといけないといったものは絶対にない」と断言する。自分のやり方は惜しみなく公開するが、真似しても仕方が無いよと釘を刺す。
池田は、別の本でも「描くより消す方が好きだ」と書いている。そして、消すときは大胆に消せと言う。
また、見本デッサンでは、モデルを前に「どうしても似てこない」と言い、途中で似せるのを諦めたとする。「これほどの大画家でも?」と可笑しくなるが、彼が写実に描こうとするのとは違う表現意欲を持っていることに楽に気付くことができ、そこから必要なことを学べる。彼は何かを推奨することはあっても、何も禁止しない。推奨しても、必ずしもそれが良いとは言わない。
そして、不思議なことであるが、読んでいるうちに、自分も描こうという勇気が出てくるし、自分も描いても良いのだという自信が出る。岡本太郎の本もそんなところがあるが、池田のはもっと強力に思う。
ほとんどの人が、小中学校の美術教育で、絵を描くことへの致命的な抵抗を植えつけられるのとは偉い違いである。
学校の美術教育で絵を描く意欲をすっかり殺がれてしまった方も、池田満寿夫の本を読めば、絵や絵の描き方に対する考え方も変わり、また描こうという気になるかもしれない。

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