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2006.06.04

消滅ゲーム

私は、多分、3つか4つの頃と思うが、世界が実際には存在していないことにうすうす気付いたことがある。それは、不意にあることをやってみた時に分かったのだが、今でもそれをすることができる。
他の人に出来るかどうかは分からない。今なら思うのだが、ある程度、希薄な、あるいは、不安定な自我の持ち主でないと難しいと思う。
これまで、それを思い出すごとにやってみるのだが、おそらく1年に1度もやらないと思う。
やり方はこうだ。なんでもいいから、注目しやすいものを見つける。私はドアノブを使った思い出があるが、何でもいい。別に綺麗なものや、神秘的なものである必要はない。あまりに集中してしまいやすいものがダメかというと、そうでもないと思うが、感じは変わるので、いろいろ試してみても良い。
その何かを見つめる。そう極度に集中する必要もない。いや、むしろ、さりげなく見た方が良いと思う。そして、それが、そこにあると自分に言い聞かせるのだ(もちろん、心の中でやれば良い)。
すると、それの存在が急に希薄になる。実際には、連続的に消滅する・・・いや、正しく言えば、連続的に生成されるのを見るのである。
自我にとって、世界が存在しないことは都合が悪いことのようだ。だから、完全に消えてしまうことはなく、自我は必死でそれを作る。実に世界を作っているのは自我だ。
自分にとって、いかに大切なものであろうと、実は存在していないことも分かる。
面白いのは、さりげなく見ながら「ある」と宣言すると、「ない」ことが暴露されかかることだ。それがなぜかは考えれば説明できるかもしれない。多分、「ある」という思いは、自我が世界を作る働きに同調し、そのためにかえって自我の魔法の綻びが見えてしまうように思う。
私は、ある時からこれを「消滅ゲーム」と名付けた。TVゲームなどのように面白いわけではないが、とても良いことかもしれない。
ただ、再度言うが、誰にでも出来るのかどうかは分からない。

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