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2006.05.25

幽霊

夜の帰宅の道で幽霊を見た。
男の老人だった。その場から動かず(動けず?)、左腕をやや持ち上げて地面を見ている。
私の進む方向である。私は特に気にもせず近付いた。
ところが、後10メートルというところで、それはもっと異様なものに変わった。
草で編んだようなマスクを被り、目が隠れている。天狗だろうか?天狗といっても、別に鼻が長い必要はない。美しい立ち姿で、微動だにせず、私の方を向いている。
特に恐くもなく、さらに進むと、それは本来の姿の木になった。

以前、眠っていて目が覚めかけた時、目の前にトカゲがいた。しかし、意識がしっかりするにつれ、それはベッドの横板の一部の、やや細長い木目という正体を明かした(さらにトカゲに変わらないとは言えないが)。
ラマナ・マハリシ(南インド アルナチャラの聖者)がよく言ったそうだ。
「それがロープであるという正しい認識を持てば蛇は消える。蛇という思いが去らない限り、蛇はいる」
最近、私はよく幽霊を見る。これは単にある種の精神状態を示しているのであり、だから何が問題ということではないが(むしろ良い場合もある)、意識が何かを訴えているのだと思う。
ただ、幽霊を追い払うこともわけなくできるようになった(笑)。
マハリシは、「自我は、その中から世界を作り出すという、驚くべき力を持つ。しかし、それは幻である。真我(真の私)が輝くとき、世界は消える」と言った。
誰かが、世界の構成要素について調べる必要はないのかと訪ねると、マハリシは、「台所のゴミを捨てる時に、その構成要素を調べる必要は無い」と言った。世界とは台所のゴミのようなものらしい(笑)。

いずれにせよ、我々が幻想に生きていて、自我が作り出した幻を見ているだけだというのは、疑いもなく事実と思う。問題は、では幻ではない真の実体たるものが存在するかどうかだ。ヴァーノン・ハワードはあると言うが、岸田秀はないという。
マハリシはあると言うし、釈迦はないという。
これについては、こう言って良いと思う。無いと思った方が1000倍も無難だと。

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Comments

初めて、托鉢の坊さんに会ったときその坊さんが、私とあなたが会った意味は自我の中には存在しない。自然の摂理の中には意味があるだけであるから、自我をとりはらいあなたは私に会い100円を差出し、私も自我を取り払いあなたの事を祈ると言った。トラップやチャンスはそこらにしかけてあるようです。

Posted by: tomo | 2006.05.26 at 07:42 AM

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