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2006.05.14

王様ごときでは

もし、目の前に悪魔さん(別に天使さんでも良いが)が現れ、王様にしてくれると言われたらどうするだろう?
もちろん、広大な領土と富と兵力と、モー娘の100倍可愛い(あるいは、ジャニーズより100倍イケてる)側室付きだ(笑)。
そういえば、イエス様も悪魔にこういう誘惑を受けたし、実はお釈迦様にもそのような話がある。で、この人類史上最大のスーパースター方はお断りになったようだが、その理由がどうもはっきりしない。私も見たはずだが、憶えていないということは心を打たなかったからであり、なぜ心を打たなかったのかというと、大した理由でなかったからに決まっている。
で、このような場合、ありがたく戴くのが良いかどうかといいますと、身のためを思うなら断った方が良い。
その理由を、イエスや釈迦より的確に言うと、王様ごときで人間が満足できるはずがないからだ。これは人間の真実である。
過去、自分の力にせよ、他者の力にせよ、王様になった者は決して満足していない。アレキサンダーはいくら征服しても飽き足らず、アホみたいに遠くまで遠征し、自滅した。
貧乏百姓だった秀吉も、日本だけで飽き足らず、中国をも手に入れようとした。
エジプトの王様はピラミッドを作り、信長も妙な趣味に凝りだして莫大な散在をした。
家康だけは「身の程を知れ」という座右の銘であまりアホなことはしなかったが、こういう言葉で強く戒めねばならない理由があったのだ。
なぜ王様ごときで満足しないかというと、もともとが自分が神様であったと思っているからだ。人間は幼児期に、自分を全知万能とみなし、その感覚を一生引きずる。もちろん、妄想に過ぎないが、その妄想は一生消えない。
宗教では必ず、人間は神の子というのはこのためだ。これこそが信者を集めるキーワードである。
このあたりのカラクリを知っておくと随分役に立つはずだ。

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