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2006.05.20

引っ込み思案の生き方

著名な詩人、思想家である吉本隆明氏によると、引きこもりというか、引っ込み思案の性格というのはごく幼い頃に作られ、根本的には修復できないらしい。
で、引っ込み思案の性格の者の取るべき道は2つで、1つは、努力で克服することであり、もう1つはその性格を受け入れ、引っ込み思案に徹し、それでもできる仕事をやることだ。
いずれの場合もリスクはある。努力の道は精神を抑圧して悪しき影響をもたらす恐れがある。引っ込み思案に徹しても、それでうまくいけば良いが、下手をすれば一生引きこもりにならないともいえない。
ではここで、ここで引っ込み思案についてよく考えてみる。
8つか9つまでの頃は、顔見知りであれば相手が大人であっても屈託なく接し、好ましい相手とみればさらに積極的に付き合おうとする。たとえば、隣の家の優しいお兄さんやおじさんの顔を見ると一緒に遊ぼうとするといったものである。あえてお兄さんやおじさんと男性をあげたのは、普通は女性よりは親しみにくいので、その子供がいかに恐れや不安がないかが分かるからだ。
しかし、ある年齢(12歳位)になると、小さい頃は極めて親しくしていたそれらの大人に対し、妙によそよそしくなり、敬語を使ったりはいいが、顔をあわせないようになったりすることもある。これは男女の別なく、そうなることが多い。この年頃は一般に大人への抵抗が強い。それがいつまで続くかというと、人それぞれであり、その傾向がいつまでも続くと引きこもりになる場合もある。
なぜ小学校高学年から高校生くらいまでを中心にそうなるかというと、やはりものごとの理解が進む中で、自分に力がないことが実感され、自信が無い状態なのではないかと思う。
そして、それはある程度健全と思う。この時期に妙な自信があるのは、ものを知らな過ぎるからであり、いわゆるちやほやされ過ぎた結果と思う。
学生が何か自信を持つとしたら、スポーツで良い戦績を上げたり、勉強で優秀な成績を取るかだが、これらは本質的な自信はもたらさない。自信というのは、やはり社会的な力を得ること、すなわち、仕事ができるようになるしかないが、仕事というのは勉強や訓練だけで、さほどできるようにはならない。上司やお客さんに怒られることによって初めて理解できることを積み上げないと一人前の社会人になることはできない。
また、特に少女の場合は、この時期(12~18歳)は外見的には人生で一番美しい頃であるから、ひときわ美しく生まれた者がその性的魅力で自信を持つこともありうるが、これも本当の実力ではないのでもろい自信である。魅力があるのは外面だけであるのでかえって辛いことにもなる。そういう少女はやり方が分かっている者には騙しやすい。

結論は何ということは言えないが、とにかく私は、中高校生の頃の自信喪失感や劣等感は大変に良いことであると思う。要は、それに囚われてしまわないようにすれば良いのだと思う。それには、劣等感の正反対の感情であり、全ての人間があきれるほど強く持っている全能感(自分は神のごときものであると思うこと)をコントロールする能力が必要である。人間の感情なんて、反対の想いが強いほど激しいからだ。
自信を得ようとして、自信をもたらす暗示を行うのは正反対の効果となるのはあきらかだ。
「私は特別なオンリーワンだ」などと、どこかの歌のように思っていると実際にはそうでないという現実を思い知らされ、現実逃避するようになるものだと思う。
自分は凄いなんて思わなくていいが、自分はダメだと思う必要もない。これだけのことと思う。
それと、こういったことでの芸術の効用とは何かいうことをまた考えてみようと思う(何もないかもしれないが)。

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