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2006.05.11

病的な芸術を探る

怖いもの、苦手なものが誰にでもある。
ただ、その原因が分かっているもの・・・小さい時に犬に噛まれて犬が怖いとか、溺れたことがあって水泳ができないというのは、怖いものの正体が分かっているだけに、対処もできるし、そうそう人生を台無しにはしない。
問題は、「なぜだか分からないけど怖い」とか、「理由はないけど絶対にやりたくない」というものだ。
筒井康孝さんの小説「悪夢の真相」(角川文庫では「時をかける少女」に同時収録されている)に、そういったお話がある。主人公の少女は、般若の面が怖くて仕方がないのに、なぜそれが怖いのか分からないというものだった。
こういう風に、「なぜだか分からないけど怖い」あるいは苦手という場合、間違いなく「抑圧」というものがある。
抑圧とは、その事実を認めることができず、無意識に押し込んでしまうことだ。例えば、姉の旦那を好きになった妹が、「姉が死ねば」という考えを抱きはしたが、自分がそんな恐ろしいことを考えるはずがないと抵抗し、その想いを無意識に押し込んでしまうようなものである。無意識に押し込んでしまったことは、無意識にあるのだから意識はできない。

ところで、抑圧したことは必ず歪んだ形で現れる。それが、得体の知れぬ恐れや、あるいはヒステリーや欝であったりし、精神分析医の治療対象である。
誰しも、非常に多くの抑圧を持っており、それが多少なりとも精神的逸脱を起こさせる。
ところで、精神分析を創始したとされるフロイトでは、あくまで治療対象は「精神」であった。しかし、あらゆる病気、さらには怪我のようなものすら精神分析の治療対象にすることを初めて行ったのがグロデックだ。
ところが、面白いことに、先にあげた、姉の旦那に恋焦がれ、姉の死を密かに願ったというのはフロイトの患者で、彼女が抑圧したものは彼女を罰し、歩けないようにしてしまった。精神分析により、その原因が分かると、なんと彼女は歩けるようになった。

グロデックは、いかなる病気も抑圧が原因と考えたから、病気というものはそもそもが患者自身が望んでそうなったとしていた。そして、なぜその病気になったかが分かると直ってしまうのであった。しかし、その原因を突き止めるのはかなりの難問で、何年も何十年もかかることがある。
面白い例をあげる。誰しも、幼い頃は、自分は実は非常に高貴な家の子供で、こんな家にいるのは何かのトラブルであると思うことがあるようだ。この傾向が非常に強い女性があり、彼女は自分が実は王女であると思う。もちろん、そんな話を誰も信じないので抑圧してそのうち忘れる。やがて、彼女の膝が曲がらなくなった。王女とは跪かないものであるからだ。そして、無意識のトリックが見破られた時、なんと彼女は治ったのである。

ところで、芸術家の表現も、抑圧されたものの歪んだ噴出と思われることもある。
芸術にするのにころあいな抑圧を行い、それが、環境やその者の素質と絶妙なコンビネーションで現れたということもあるかもしれない。多分、そういうことは多いと思う。

20060511

本日も絵を描きました。
クリックすると大きな絵が出ます。

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