« 大芸術家はこうして生まれる | Main | ボーイズ・ビー・アンビシャス »

2006.04.06

ピノッキオとキカイダー

作り物である「人間のようなもの」が、不完全な良心を持つために苦悩するお話として、イタリアのカルロ・コッローディの「ピノッキオ」と、石ノ森章太郎さんの漫画「人造人間キカイダー」がある。
それぞれ、童話、漫画の違いはあっても、意外なほど長く人気を保っているが、この「不完全な良心」というものが何かを感じさせるのではないかと思う。

そもそも、人間の良心そのものが不完全なものである。いうならば、これらの作品を見る者は、自分の不完全な良心をピノッキオやキカイダーに投影し、自分の本当の姿はあんな木彫りの人形か、半分中味の透けて見える機械のようなものではないかと思うのではないだろうか?

ところで、人間の良心とは何であろうか?
人間の良心は、スケールの小さな弱い人間の場合に最もよく働く。いわゆる「小市民」「小善人」と言われる人間である。逆に、生命エネルギーが大きい、すなわち、欲望が大きい場合に良心が働きにくくなる。
で、適度に欲望を持ち、良心もきちんと働くというのが望ましいが、なかなかそうはいかないようになっている。そこが太古からの人間の苦悩である。
普段はきわめて人の良い人間が、戦争中に集団になると残虐な行為をするのは生命エネルギーが増大し、良心が消えた状態である。

人は、生命力に乏しいが良い人である状態も、生命力が大きいが野蛮な状態もどちらも嫌だと思っている。しかし、いずれかになりやすい。
ピノッキオやキカイダーは、そんな人間をよく現している。
そこが人気の秘密と思う。

|

« 大芸術家はこうして生まれる | Main | ボーイズ・ビー・アンビシャス »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference ピノッキオとキカイダー:

« 大芸術家はこうして生まれる | Main | ボーイズ・ビー・アンビシャス »