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2006.04.16

人はみな神を目指す訳

何かの雑誌で、ジャイアント馬場さんが「全てのもめごとはヤキモチから生まれるんだ」と言ったと書かれていたのが、かなり前の話ながら非常に印象に残っている。
みんながみんなフロイトを勉強する必要もないかもしれないが、1つだけ人間の性質として絶対的な事実を憶えておいた方が良い。馬場さんは経験的に知ってたように思う。

大袈裟に言えば、人間はみんな神を目指しているということだ(もちろん、大袈裟に言った)。
赤ん坊にだって知覚も精神もある。3歳以前のことは誰も全く憶えていないが、無意識の中には完全に残っている。赤ん坊は最初、自分と世界の区別がついておらず、世界イコール自分と感じている。ここでは、知らないことは何もなく、できないことは何もない全知万能の状態である。つまり、自分は神である。そして、この意識は生涯を通じて人間を支配する。
ごく幼いうちは、自分が世界で最も重要な存在と感じたままでいる。しかし、まずは親のしつけにより、自分にもできないことや、やってはいけないことがあることが分かってくる。近所の子供と遊んだり、学校に入ることにより、他人との接触の機会が増え、争ったり、お願いしたり、妥協したりと時には痛い目にあいながら、自分の立場というものを理解し、自分も世界の一人に過ぎないことがだんだん分かってくる。
しかし、自分が世界の中心であるという意識は残っているので、思い通りにならないと屈辱を感じる。また、自己評価は他人の客観的評価よりはるかに高い。
50点の人間は、80点の人間を見ると、自分の方が優れていると必ず感じる。そのため、能力通りに80点の人間が特別扱いされると、大変に嫉妬する。その度合いは、精神が幼いほど大きい。

この数十年の中で、子供をあまり叱ってはいけないような風潮ができ、教育でも、子供は自由にのびのびさせるのが良いとされ、その通り行われてきた結果、自分を神のようなものと思い、自己重要感をとんでもなく高く考えることを疑わない人間が増えてきたようだ。
そこで、SMAPの「世界に一つだけの花」の大ヒットである。嬉しがってあの歌を歌う者は、自分は特別なオンリーワンと思っているが、他人がそうだとは全く思っていない。

この傾向は、精神が幼い者に顕著と言っても、精神を鍛え上げた者にも無縁ではない。
業績を上げ、さらにその人格の高さで尊敬される者も、全員がこう言う。「物欲や、ほとんどの欲望は克服したように思う。しかし、名誉欲だけはなくならない」
ましてや、甘やかされて精神の幼い人間なら、ピノッキオも真っ青の鼻の高さであって当然である。

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Comments

そのとおりであると信じています。ピピッときました。。

Posted by: tomo | 2006.04.17 10:31 AM

たまたまなんですが、表題に似たコトバで「人が人を判断することは即ち神を冒涜することである」(ちょっと違うかも・・)というものを最近目にしました。“人を判断できるのは神のみでその領域に入るのは罪だ”という意味らしいです。
人間って皆なんだかんだ言っても自分が一番かわいくて、だから謙虚すぎる位が丁度いいのかもしれないなと最近強く思います。

Posted by: MAMA | 2006.04.18 01:35 AM

★tomoさん
コメントありがとうございます。
私もフロイトの本で読んだ時、「やっぱりか」と思いました。

★MAMAさん
コメントありがとうございます。
確かに、人が人を判断するなど、神をも恐れぬ行為ですね。
ただ、謙虚な人間なんて存在しないと私は思っています。
卑屈になる時はあるかもしれませんが。
私としては、人間とは自分を神のごとく思っているんだということを理解しておけば、それが役に立つと思います。

Posted by: Kay | 2006.04.18 09:32 PM

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