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2006.04.09

フロイトと芸術

フロイトは、芸術活動の背後にある動力は満たされなかったリビドー(性的衝動の素になるエネルギー)であり、それが逃避的な空想となって現れたものと考えていたらしい。
そして、十分に成熟した理想的な社会では芸術は必要とされないらしい。
まあ、フロイトは文学に関しては素晴らしい見識を持ち、自らも名文家で通っていたが、絵画に関してはさほどでもなかったと言われている。
しかし、ダ・ヴィンチの「聖母子と聖アンナ」において、マリアの母親であるアンナがマリアとほとんど同じ年頃に描かれていることについて、ダ・ヴィンチには実母と継母が同時に存在したためと解釈したことは高く評価されているらしい。この絵のアンナとマリアは共にモナ・リザに大変に似ており、これら3人の女性にはダ・ヴィンチの母親像が投影されているとも言われている。

フロイトによれば、芸術は逃避的空想であるが、ゴヤは理性と結びついた空想が芸術の母であり、芸術の驚異の源であると、「ロス・カプリーチェス」(版画集)の冒頭に書いている。
だが、空想とは言っても、白昼夢のような空想というわけではなく、理性を吹き飛ばしかねない衝動を伴った空想が芸術には必要と私は思う。
では、フロイトらしく言えば、エス(欲動)が自我に大量に入り込みながら自我がコントロールを失わずに耐えている状態が芸術の母であり、岡本太郎の爆発、イェイツのエクスタシーであると思う。イェイツが精神を鍛えろとさかんに言ったのは、このためと思う。

20060409_1

またラクガキをしました。
左の小さな絵をクリックすると大きな絵がポップアップで現れます。

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