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2006.04.23

エスの驚異の力

それが潜むのは、人の細胞の中なのかもしれないが、「エス」という不可思議なものがある。
人を病気にしたり、不意に腫れ物を作ったり、躓かせて転がしたり、あるいは、少女の乗ったボートが他のボートとぶつかって少女の帽子が落ち、それをひろった相手側のボートに乗った青年と恋に落ちさせる(中森明菜の歌かな?)。
近眼で、視力の及ぶはずのないものでもエスには認識されているということもあるらしい。
「脚のこのあたりに弾丸をくらって、除隊になればなあ」とか思っていたら、正確にその場所に弾丸をくらったという話もある(まあ、偶然かもしれないが)。

新聞の一面をざっと見て、妙に変な気分なのでもう一度よく見ると、自分にとって関心のあるものを連想させるような言葉が載っていたということもあるが(私も経験した)、これもエスの働きとされていることがある。

「エス」は、フロイトのオリジナル概念と思われていることが多いが、本当はドイツ人医師グロデックが考えたもので、当時、師匠のような立場にあったフロイトがそれを拝借したのだ。だが、フロイトのエスとグロデックのエスはかなり異なる。それがもとで、フロイトとグロデックは不仲になった(フロイトとユングほどの決裂ではないが)。

人気アニメ「シティーハンター」で、冴羽獠(さえば りょう)が、群集が歓声を上げる大騒音の中、はるか後方で銃のトリガを引く音をキャッチするという場面があったが、エスならそのくらいのことはやりかねない。
確かに、信仰厚い隊長の指揮する部隊が、極めて危険な戦場で一人の負傷者も出さなかったという話もあるが、ただ、エスというのは、そうそう思い通りに働いてくれるものではない。
しかし、全くの気まぐれということもなさそうだ。
グロデックは、子供の時の事故で脚がかなり曲がっていたらしいが、大人になってからエスが事故を起した原因を理解した時、即時に脚がまっすぐになったらしい。

いずれにせよ、我々はエスに生かされているのであり、どうあがいてもエスから逃れることは出来ない。いや、自我そのものがエスと別のものではない。
エスが神なのかどうかは知らないが、アインシュタインが神について言ったことが妙に思い出される。
「神はサイコロ遊びをしない」
「神は老獪(ろうかい)である。だが、悪意はない」
アインシュタインが最高の賢者と認めていたのはフロイト博士であった。

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