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2006.03.06

ミスコンと芸術

私は、「ミス・ユニバース」の日本選手権での優勝者、あるいは、入賞者を良いと思ったことはあまりないし、世界大会ともなるとさらにそうである。
考えてみれば、美人の絶対的基準などあるはずもなく、ミスコンの勝者というのは、単に審査員の好みを繁栄している以上の意味は絶対にないだろう。

こういうことは別に女性の商品価値を決める公認の品評会に限らない。
芸術品でも全く同じであろう。
セザンヌは生存時はへっぽこ画家とみなされたらしく、サロンには何度出品しても落選し、一度だけコネで入選させてもらった時は、その便宜を計った人がまずいことになり(最低の絵を無理に入選させたとして非難された)、二度とコネが効かなくなったそうだ。さらにゴッホは、そのセザンヌにさえ最低の画家扱いされる。
別に、セザンヌの絵を認めなかった人や、ゴッホを認めなかったセザンヌの目が曇っていたわけではなく、単に主観の問題であろう。現在、ピカソやダ・ヴィンチが価値ありとされるのも、別に絶対的根拠があるわけではなく、これらを良いと思っている人が沢山いるというだけのことであり、また、これらの人の美的感覚が優れているわけでもなく、主観というか、洗脳とか妄想みたいなものと思う。
「モナリザ」を良いと思わなかった人が、ある日突然、それが至上の美と感じるようになったとしても、その者が「分かってきた」わけではない。単に、それまでの妄想から、別の妄想に変えたというだけのことである。逆に、素晴らしいと思っていた「モナリザ」がつまらない絵に見えてきたとしても、何が悪くなったわけでも絶対にない。

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